それは大きなターニングポイント
ここ数日で急激に寒くなった。いよいよ冬が始まったのだと私は実感した。
大移動で暖かい地域に移動してきたとはいえ、冬は寒い。特に朝は全身が凍るんじゃないかと思うくらい冷たい風が吹く。それでも家畜のお世話をしなくちゃいけないから、私はギルの毛で作ったセーターとマフラーに身を包み、防寒対策をばっちりにしてから家を出る。
まずはギル舎の掃除を……。あれっ、先に誰かが掃除を始めてる。
きっとハルカ姉だろうと思ってギル舎に入ると、そこには予想外の人物がいた。
「おはよー。あれっカナちゃん?」
「トワ姉! おっはよ~!」
「早起きだねー。そしてお手伝いもして――偉い!」
「よしよしして~」
「よーしよしよし!」
自信満々に胸を張るカナちゃんを、私は精一杯よしよしと撫でた。ついでに寝癖を整えてあげる。
小学生じゃないんだから、もう自分で髪のセットくらい出来るはずなのに、カナちゃんってば適当なんだから。
「やっぱりトワ姉のよしよしは最高だよ~。ハル姉にも見習ってほしいよ!」
「ハルカ姉のよしよしは駄目なの?」
「ハル姉のよしよしは強すぎるし雑だし、ほんとなってないんだよ!」
カナちゃんは「私は不満ですっ!」と言うかのように、腰に手を当て頬を膨らませた。可愛い。私は思わず膨らんだほっぺをぷにぷにと触ってしまった。やわらか~い。
哀れハルカ姉。本人の知らないところで頭の撫で方が酷評されているよ……。私はハルカ姉のよしよし、頼りがいがあるお姉さんって感じで好きだけどなあ。
「それで、今日はどうしてカナちゃんがここの掃除を?」
「お母さんに言われたんだ! 立派なお嫁さんになるには、まずは早起きして掃除をする事から始めなさいって! 私が結婚出来るようになるまで残り2年と少し。それまでにトワ姉に見合う立派な人になるの!!」
「けっ、結婚ですか」
「うんっ! も、もしかして、トワ姉は私の事が嫌い……?」
きっと私は何とも言えない顔をしていたのだろう、カナちゃんは私が結婚を嫌がっているのではないかと不安に思ったようだ。
もちろんそんな事はない。私は両手をカナちゃんのほっぺに添えて言った。
「そんなこと無いよ! カナちゃんの事は大好き。大好きだよ!」
「ほんとに?」
「もちろんだよ。んっ」
不安にさせてしまったお詫びと、カナちゃんへの愛情をこめて、私はカナちゃんとキスを交わした。カナちゃんは少し驚いてから安心したように私に抱きついた。
「えへへ~///」
「不安にさせちゃってごめんね。ただ私の中で『結婚する』って事のイメージが湧いていなくって。今の関係がとっても心地いいから、結婚して何かが変わるんじゃないかって不安で……」
私がそう告げると、カナちゃんは不思議そうに「何かが変わる?」と言って首を傾げた。
「だって結婚したら友達から家族になるでしょ? 友達と家族は、なんというか、違うじゃん?」
「そうなの? けれど、私はもうトワ姉とは家族同然だと思ってるよ~! 他のみんなも同じだと思う! もっと言うと、トワ姉とチヨちゃんは今でも
カナちゃんってば、嬉しい事を言ってくれるね。もう家族同然、かあ。
「それは、確かにそうだね……」
「ねえ、トワ姉。もしかしてトワ姉は、他のみんなの仲が悪くならないか不安なの?」
「っ!」
5歳も年下の子から図星な事を言われて、私は驚きのあまり何も言えなくなった。
鈍感系主人公じゃあるまいし、四人が私に好意を抱いてくれている事には気付いている。そして私もみんなのことが大好きだから、出来ればみんなと結婚したい。
社会的に重婚が許されているのだから、四人と結婚しても全く問題ないはず。だけど、私がみんなと結婚したら、他の四人からすると恋敵と家族になるようなものだよね。それってどうなの?
「なるほど、やっぱりそうなんだ! ねえトワ姉! 私はね、トワ姉が一番好きだけど、チヨちゃんもミラ姉もハル姉もみんな好きだよ。みんなと家族になりたい、そう思っているよ」
「カナちゃん……!」
「きっとみんなも同じ考えだと思うよ~。だからトワ姉はそんな心配しなくていいよ! それに……トワ姉が惚れさせたんだから、きちんと責任を取るべきだよ!」
「責任?! そっか。そうだよね」
カナちゃんの言う通りかもしれない。
日本での社会通念が根強く残っている私は、ずっと恋愛や結婚は1対1でする物という固定観念を抱いていた。だから、たとえ重婚が認められるとしても、それは1対1の関係を複数人と築いているに過ぎないと考えていた。
しかしながら、それは男女の区別がある世界で生まれた感性だ。女の子しかいないこの世界では、全く異なる感性が存在する。
恋愛も結婚も、1対1の関係性を築く事でも無ければ、1対多数の関係性を築く事でも無い。みんなで築き上げる物なんだ。
みんなが私を好いてくれているのは、決して私がみんなを繋いでいる中心人物という事ではなく、みんながお互いに仲良しであって、偶然そのグループの中央にいたからなのだ。
私は
「ありがと、カナちゃん。私がバカだったよ……」
「トワ姉が急に落ち込んじゃった?! だ、大丈夫……?」
「ごめんごめん。恥ずかしい過去を思い出しただけだよ。おっと、そろそろ掃除の続きをしないと」
「はっ、そうだった! 早くギル舎の掃除を終わらせて、ドドのお世話に行かないと!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます