第10話 約束

 木曜日の朝、柴田はまた花壇に来ると、ショートカットの少女を見つけた。


「先輩、おはようございます」


 昨日約束していたから、今日は自然に挨拶できた。


「おはよう」


 菜月は手を振ったが、柴田に笑いかけると目を伏せた。


(俺の顔は直視できない、か。朝から傷つくな……。でもこんな美人と話せるんだからいいか)


「菜月先輩、きょうは水やってないんですね」

「ええ、今日は早く来ちゃって……。だから、さっき終わったの」

「早く来たんですか?何で?」

「え……それは……」


 菜月は花壇の方を見て、耳を赤くした。


(何か思い出してるのか?クソッ、俺には関係ないって言いたいのか)


 柴田は少しイラだって、強い口調で言った。


「菜月先輩、実は相談があるんですけど、いいですか?」

「ヒェッ!?」


 菜月は驚いたように反応した。


(何かを思い出してて、俺の存在を忘れていたんだろうな)


「え、ええ。いいですけど……私に相談ですか?」


 菜月は相変わらずこっちを見ない。


「転校してきたばかりでって思うかもしれませんけど、実は……俺好きな子ができて……」

「えっ?」


 菜月は驚いた顔でこっちを見るが、また視線をすぐに戻してしまった。


「えっ?それってまさかわた……な訳ないよね」


 菜月は落ち込んだような表情になった。


(テンションが急に下がったけど……まあ俺みたいなのが誰に好意を持ったところで、興味ないか……。でも傷つくな)


「その子、いじめられてるみたいなんです……」

「えっ、それって……」


 菜月は耳まで赤くなると、緊張しているのか、柴田の方の横髪をかき上げる動作を繰り返した。


(俺が話してるのに、露骨に髪をいじりはじめたぞ……。俺の話に興味ないって、仕草で伝えてるのかな?)


「あの、先輩、聞いてます?」


 柴田は疑問に思っていたことを口に出した。


「えっ?ええ、勿論」


 菜月は柴田の発言を予想していなかったのか、驚いたように反応して、慌ててうなずいた。


(先輩、慌てすぎ。聞いてなかったんだろうな)


「え、えっと、何だっけ……」


 菜月は緊張していたのもあって、突然の予想外の発言にそれまでの会話が頭から飛んでしまった。


(やっぱり、聞いてないじゃないか)


 柴田はイラっとしたが、困っていたので、話を続けた。


「その子、動画を取られてたみたいで、それがグループチャットにあげられていたんです」

「えっ?私の……?いつ……?」


 菜月は不安な様子で周りをキョロキョロと警戒し始めた。


「いえ、先輩のではないです」

「えっ?」


 菜月はまた驚いたように柴田を見た。


「先輩、話聞いてました?」

「え、ええ……」


 菜月はまた残念そうに花壇の方を見た。


(全然興味なさそうだな)


「はあ……。で、その子と今度デートに行くことになったんですけど……」

「デ、デート!?え、ええ、そうよね」


 菜月はさらに落ち込んだように見えた。


(「そうよね」って、ここはもっと驚くところだろ!普通に考えて、俺とデートに行きたい子がいるわけないだろ!)


「先輩、「そうよね」って、さっきから適当すぎません?じゃあ聞きますけど、先輩は俺にデートに誘われたら行くんですか?」

「えっ?ええ。そうですね」


(相槌(あいづち)が適当すぎて、俺とデート行くみたいなこと言っちゃってるけど、大丈夫ですか、先輩!?)


「言いましたね。じゃあ、日曜日に行きましょう」

「……冗談だよね?」

「ちゃんと話を聞いてなかった先輩が悪いんですから。今更断っても駄目ですよ」

「……」


 菜月は何が起きているのかわかっていないようだった。


「じゃあ、明日はここには来ないので」


(やっぱりやめましたとか言われても嫌だからな。日曜日もどうせ来ないだろうけど、はっきり断られるより希望があった方がいいし)


「さよなら……」


 柴田は勝ち誇ったような顔をして、花壇から去っていったのだった。

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