第8話 悪心

 今日も不細工女子グループ達と帰宅し、家の近くで別れた。結局、その日は学校で川村さんが話しかけてくることはなかった。


(どうせ俺が何かをしたところで、いじめがなくなるわけもない。川村さんも、その内俺が協力してもどうにもならないことはわかるだろう。川村さんも、できるなら俺みたいな不細工とは話したくないはずだ)


 まだ一日も経っていないのに、川村さんに対するいじめを何とかしようという気はすっかり消えてしまっていた。家に帰ると、自室で早速今日保存した動画を見ることにした。自宅のタブレットに動画を取り込み、ベッドに寝転がりながら見た。


「私と……付き合ってもらえますか」


 動画から流れる音声を聞いて、鼓動が高まる。この美少女に告白されているのは、俺なのだ。俺は何度も再生して喜んでいた。


(俺は最悪な人間だ……。でも、俺一人が何かをしたところで、どうにもならないじゃないか。それよりも……、考えたくないことだが、俺もいじめに参加すれば、もっとこういうおいしい思いができるかもしれない。「不細工とくっつけるいじめ」をするなら、相手として俺が最適だからな。もしかしたら、本当に付き合えるかも……)


「クソッ」


 俺は、自分の悪心(あくしん)に怒りを感じてベッドを殴りつけた。


(最悪だと思う……思うが、俺の人生、不細工が原因で迫害(はくがい)されてきたじゃないか。少しくらい、いい思いしたっていいだろう)


 俺は自分の中に矛盾した感情を抱えながら、動画を何度も見ていた。その時、


ピンポーン


 ……インターホンが鳴った。


「誰だよ?」


 俺は外の映像を見ると、そこには帽子をかぶった川村さんが立っていた。


「え?あっ、ふっ?」


 俺はインターホンに向かって焦ったような声を出してしまった。


「川村です」

「えっ、川村さん?あー、はいはい」


 俺はドアを開けて川村さんを家に入れた。


「ど、どど、どうしたの?」


 俺はさっきまで動画を見ていたことがバレないように、無理に冷静な対応をしようとしたが、逆に怪しくなってしまった。


「……迷惑でしたか?」

「えっ、いやっ、そんなことないけど……」


(何しに来たんだ?……まさかバレて……?いや、そんなはずはない)


 俺は彼女をリビングに連れていった。彼女が帽子を取った姿は、至近距離でみるとなおさら可愛かった。


「き、昨日来たばっかりだけど、どうしたの?」

「今日は学校で話せなかったから。でもこうしてお互いの家を行き来すると、何だか本物の恋人みたいですね。……なんちゃって。本物ですけ」

「は?」


 彼女が予想外の事を言ったので、思わず遮(さえぎ)ってしまった。


(なんて言おうとしたんだ?まあいいか)


「ご……ごめんなさい。浮かれてました。折角OKしてくれたのに」

「え……あ、あー、その話ね」


(何だよ、いじめを何とかするって話か)


「実はさっきもそのこと考えてたんだ」


(といっても、いじめに加わろうかとか最悪なことを考えてんだけど)


「えっ?私のことを考えてたんですか!?」

「あっ、別に深い意味はないけど」


 彼女はニッコリと笑った。


(可愛いな。けど……彼女は多分、「深い意味はない」ってところに素直に喜んでるんだよな)


「あの、今日も家で食事しませんか?」


 俺は彼女の家が貧乏そうなことを思い出した。


「いや、いいよ。毎日あんな豪華な食事出してたら家計が厳しいでしょ?」

「え……それはそうなんですが」

「もう、あれで十分だからさ」

「え……それって……」


 そういうと、川村さんは悲しそうな顔をした。俺は慌ててフォローする。


「あ、十分ってそういう意味じゃなくて。な、なら今度の休みの日、食事に行かない?お礼に奢るからさ」


(休日にデートに誘えば、あきらめてくれるだろ。俺とのデートなんて、したいわけないしな)


「え……」


 川村さんは驚いたような反応をして固まった。


(ほらな。川村さんはただ俺を利用したいだけだから、そこまではしないだろう)


「冗談だよ。でも、学校の事は、ちゃんと俺が何とかするからさ。十分ってそういうことだよ」


(これでわかってくれるだろう)


 しかし、俺が格好つけて笑ったのを遮るように、彼女は切り出した。


「行きます!」

「……へ?」


 俺は予想していなかった答えに混乱した。


「土曜日でいいんですよね!?」


 川村さんは俺に食いかかるように身を乗り出して言った。


「あ、ああ、いいけど。……え?」

「約束ですから!じゃあお母さんに伝えてきますね!」


 そう言って川村さんは出て行ってしまった。


(必死過ぎない……?俺がちゃんといじめの対処をしないと思ってたんだろうな)


「そんなわけないのに……」


 俺は彼女に信用されていないことにイラ立ちを感じて、思わず呟いた。


……


 部屋に戻ると、さっきまで動画を再生していたタブレットがベッドにあるのに気付いた。


「……あ」


(そんなわけあった)


 そうだ。俺は彼女を裏切ろうとしていたのだ。


(川村さんは俺に何とかしてほしいと思ってるんだ。こんなことでどうするんだ。動画も消そう)


 俺は動画の削除ボタンを押そうとしたが、画面に映る美少女を見て、最後にもう一回だけ見て消そうと思った。しかし見終わった後で、もうこれが見られなくなると思うと、また見てしまった。結局それを何回も繰り返すだけで、削除ボタンを押すことができなかった。

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