不穏な影②

 エマが買い物に出かけて行ってしばらくして、『千のスプーン』の店員がフィンの店を訪れた。


「え? エマが住民たちに連れられてどっかに行った?」

「はい。あの容姿は探求者ではなく、うちに品物を卸していた職人です」

「うみゃみゃみゃ。大方、フィンに売り場を奪われて嫉妬した職人たちが、エマを攫って自分達の菓子に魔法を付与してもらおうとしてるんだみゃあ」

「げっ」


 キトの言葉にフィンは顔を青ざめた。


「それって、僕のせいでエマに危険が迫ってるってことじゃないか」

「彼らはそこまで暴力的ではないと思いますが……お菓子に釣られてついて行った可能性がありますし、念の為お伝えしようかと。エマさん、まだ小さいですし、知らない場所に連れて行かれて泣いているかもしれません」


 キルデアに到着していきなり迷宮五十階から一階まで踏破したり、都市の広場でフィンの店を喧伝したりしているエマはキルデアでもちょっとした有名人だが、皆見た目の通りの幼女だと思い込んでいる。なんかすごい魔法の力を持った幼女だ。

 魔法というのは血筋や天賦の才がものを言うことも多く、年齢にそぐわない実力を持つ者もいる。だからエマの付与魔法の力がすごいのも、そういうものとして受け入れられている。本当は本人のたゆまぬ研鑽によるものだと知っているのはフィンとキトくらいのものだ。

 フィンとしても、ややこしいので、「見た目は幼女、中身は成人」という事実をいちいち説明しないでいた。いくらなんでもこんな事例は他になく、説明したところで理解してもらえるとも思っていない。

 フィンは新作のお菓子作りをうっちゃった。そんなことよりエマの方が大事だ。


「場所、場所どこ?」

「迷宮表通りから二本入った南通りの店、『パムの店』に入って行った」

「わかった、ありがとう。キト、留守番よろしく」

「おミャぁ一人でどうにかなんのかみゃあ? 加勢してやろうかみゃあ」

「相手は探求者でもない一般人だし、大丈夫さ、多分」

「おミャぁにしては肝の座った答えだみゃあ」

「いや、一般人相手にキトを連れて行って万が一暴力沙汰になったら、それこそ死傷者が出るだろ……それに、これは僕のせいで起きた事件なんだから、僕が行く」

「おぉ。よく言ったみゃあ。さあ行け、よし行け! おミャぁの物語はここからはじまるんだみゃあ!」

「恥ずかしいからやめてくれ」


 拳を振り上げ煽り立てるキトを無視して、フィンは姿隠しの外套を羽織ることすら忘れて店を飛び出した。


「パムの店、パムの店……ここか」


 店の扉には「準備中」の札がかけられている。扉に耳を押し当てて聞き耳を立ててみると、中からくぐもった声が聞こえてきた。何か話しているが、内容までは聞き取れない。

 本当にここで合っているのだろうか。確証はないが、「千のスプーン」の従業員がエマを見間違えたり店の名前を間違えるということもないだろう。

 そうこう迷っている内に、中からガタガタいう音と怒鳴り声が聞こえてきた。


『なんだと、ガキのくせに偉そうに!』

「!」


 やばい、やっぱり中にエマがいる。

 そう考えたフィンは、考えるより先に動いていた。

 鍵のかかっている扉はかなり年季が入っていて、フィンの体当たり一発で壊れる。勢いを殺せなかったフィンは扉ごと店の中に転がり込む。

 ものすごく格好のつかない登場の仕方だが、そんなこと言っても仕方がない。

 どうにかこうにか起き上がったフィンは、状況の把握に努めた。

 店内にはエマの他に住民が三人。

 武器などは持っていないが、一人が怒り心頭のようだった。

 とにかくフィンはエマに駆け寄る。


「フィンさん!」

「エマ! 無事か!?」

「はい。大丈夫です」

「く……迎えが来たか」


 フィンはエマを抱き寄せて、店内にいる他の三人と距離を取る。


「彼女に何かしたか?」

「何も。ただお菓子を食べて楽しくおしゃべりしていただけよ」

「エマ、本当?」

「はい。びっくりするくらい美味しくないお菓子でした」

「このガキィ!!」


 いきりたつ住民に対し涼しい顔をするエマ。

 どうやら本当に何もされていないようでほっとする。


「まぁまぁ……美味しくないってことはないだろう。『千のスプーン』に卸してるくらいなんだし」

「こんなに美味しくないなら、追い出されて当然です。きっと、はしっこのはしっこにギリギリ置かせてもらってたんだと思います。遅かれ早かれ追い出されていたと思いますよ」

「おい!!!!」

「やめなって、公爵家の人間に手を出したらさすがに生きていけなくなるよ!」


 今にも飛びかかってきそうな住民を羽交い締めにするほかの住民。

 エマがえらく酷評するので、フィンは興味本意でテーブルの上に並んでいる菓子に視線を移した。


「君たちが作ったお菓子ってこれ? ちょっと味見してもいいかい?」

「フン」

「好きにしな」

「じゃあ、遠慮なく」


 いつもフィンのお菓子を全肯定して大絶賛してくれるエマがそこまで酷評するものとは一体。

 興味の赴くままにフィンはテーブルの上の菓子を全種類、食べてみた。


「……なるほど」


 そして納得した。


「なんだい、あんたもあたしたちの菓子が美味しくないっていうのかよ」

「美味しい美味しくないっていうより、たぶん、処理の仕方とか一つ一つの工程が雑なんだろうな」

「なんだって?」

「たとえばポカポカの実は真水に晒した後、根と花を落とした火蜥蜴草と一緒に煮込むことで実が帯びている熱を閉じ込めることができるけど、このクッキーに練り込まれているものはきちんと処理ができていないせいで発熱効果が弱まっている。結晶ブドウは新鮮なものを使わないとみずみずしさが損なわれるから、少し面倒でも菓子を作る時にその都度皮を剥いて使った方がいい。棘バナナは水分を含んでるから、生地に入れる牛乳はほんの少し。そういうちょっとしたことの積み重ねが、美味しさに繋がるんだと思うよ」

「なにぃっ……そんなにいうなら、お前の作ったものを食わせてみろよ!」

「いいけど、今日の分はもう納品しちゃったから、明日店に来てもらう……でもいいかな」

「おうともよ! 吠え面かかせてやらぁ!」


 そして明けて翌日。

 いきり立つ菓子職人の住民三人は朝も早よから店にやって来てフィンの作業風景を見て動揺し、菓子を目の前にして沈黙し、一口食べて土下座した。


「「「まいりました……!」」」


 見事なハモリっぷりである。


「素材を丁寧に扱い、一つ一つの工程をおろそかにせず、菓子の見た目にこだわり、そしてこの味……」

「……俺は、自分が恥ずかしい……」

「一から出直す覚悟が決まった」


 これに対して胸を張ったのはフィンではなくエマだ。


「どうです? 私がフィンさんのお菓子に魔法を付与する理由がわかりましたか? フィンさんの作るお菓子は、文字通りレベルが違うんです」

「確かにレベルが違うわ」

「流石ランバルド家のご子息」

「きっといいもん食って育ったんだろうな。俺たちの税金で」

「なんか最後のは褒め言葉には聞こえなかったけど」


 ともあれわかってくれたようで何よりだ。

 三人はぺこぺこと頭を下げて去って行った。清々しい顔をしていた。


「どうにかなってよかった」

「ね? だからずっと言ってますよね? フィンさんのお菓子は格別においしいって!」

「うん」


 フィンはコクリと頷いた。

 フィンは今まで、「剣術から逃げるためにお菓子作りをしている」という劣等感にどうしても苛まれていて、自分の作るものに自信を持てないでいた。

 いくらキトやエマに褒められて自分を奮い立たせても、心の奥底に長年巣食っているネガティブな気持ちからは逃げられない。

 事実、今まで店にはほとんど客も来ていなかった。

 急に菓子が売れるようになったのだって、エマのおかげだからと決めつけて、別に自分が作ったものじゃなくたっていいのだと、魔法が付与されていればどんなものだって売れるんだと思い込んでいたのだ。

 しかし昨日のお菓子を食べ、こうして同じ仕事をしている住民にお菓子をふるまい、わかった。


「僕の作るものって……本当に美味しいんだね」


 素材の処理やお菓子のレシピ、見た目へのこだわりなどはランバルド家お抱えの料理人から教わったことだ。フィンはこれが当たり前だと思ってこなしていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 迷宮都市のお菓子は、どうやら安さ重視で無駄な工程などは省く傾向にあるようだった。

 だからこそ、一つ一つを丁寧にこなすフィンの仕事ぶりに驚いたのだろうし、そうして出来上がった菓子の味に平伏したのだろう。

 エマはにぱっと笑って言う。


「はい。毎日食べても飽きないくらい、本当においしいです!」


 そのまっすぐな褒め言葉に、フィンは口元が綻ぶのを感じた。


「ありがとう。じゃあ、次は、店で出すのにふさわしいお菓子を考えてみるよ」

「いいですね。探索後にお店を訪れたお客様の疲れを癒すようなものにしましょう」

「いいね。ほっとする味のものを作ろう」


 こうして今日も、店での一日が始まる。


「もうダメだ」という言葉を簡単に吐くのはもうやめよう、と、昨日より自分に自信を持てたフィンは思ったのだった。

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