第3話 写りこみ男科学的検証実験
翌日、春日丘商店街。
「春野式写りこみ男科学的検証実験、第一段階開始!」
考太は白衣姿のまま、首から「実験中」と書かれた札をぶら下げ、三脚に据えたビデオカメラの前でマイクを持って宣言していた。周囲には野次馬が集まり始めている。
「本日の実験目的は、私、春野考太が写りこみ男ではないことを科学的に証明することである!」
彼の背後では、トレンと抜江がアシスタント役として立っていた。トレンは最新のジンバル付きスマホで撮影しながら実況中継している。
「ハッシュタグ『春野考太の科学実験』生中継中!コメント待ってます!」
抜江は白衣に身を包み、髪型まで考太のように整え、真面目な表情で巨大なクリップボードにメモを取っていた。
考太は指を立てて説明した。
「実験内容は以下の通りだ。まず、自分と同じ格好をしたマネキンを設置し、街中の様々な場所で写真を撮影する。これにより、光の屈折によって人影が二重に写る現象、通称『ドッペルゲンガー効果』を実証する!」
彼は横に置かれた人型マネキンを指さした。マネキンには考太と同じ白衣と黒縁メガネ、そして問題の黒い帽子が被せられている。
「これはマネキン春野だ!」
「先生、ネーミングセンスないですね」
抜江がつぶやいた。
野次馬の中から声が上がった。
「おい、それって自分が写りこみ男だって証明してるようなもんじゃないのか?」
「違う、逆だ! これは私と写りこみ男が別人格であることを証明する実験なのだ。私が理論と共にここにいる間、マネキン春野は別の場所に存在する。物理法則上、一人の人間が同時に二か所に存在することは不可能だ!」
「でも写りこみ男は幽霊なんでしょ?」
別の野次馬が突っ込んだ。
「幽霊など存在しない。これは完全に社会心理学的錯覚現象だ! そして今日、それを証明する!」
トレンが苦笑いしながら言った。
「考太くん、コメント欄で『この人配信に出して大丈夫?』って意見が増えてるよ」
考太はそれを無視し、マネキンを抱えて商店街を歩き始めた。
「それでは第一地点、春日丘駅前広場へ移動する!」
抜江は別行動となり、考太のための調査へと飛び出していった。
そこへ、実地みこが慌てた様子で駆けつけてきた。
「考太!何やってるの!? 市役所にクレームが殺到してるわよ!」
「科学的検証実験だ!」
「白衣着てマネキン抱えてウロウロして、どこが科学的よ! SNSであなたの『発狂実況中継』って拡散されてるわ!」
その時、背後から歓声が上がった。振り返ると、固野商造が「写りこみ男カフェ」の幟を掲げて立っていた。旧商店街の空き店舗を急遽改装したカフェの前には、既に長蛇の列ができている。
「いらっしゃい。写りこみ男気分が味わえる『影コーヒー』! 飲むと写真に二重に写るかも」
「固野さん!それは詐欺紛いですよ!」
考太は叫んだ。
固野は得意げに笑った。
「科学的な『もしかしたら』という夢を売ってるんだ!」
トレンが突然息を切らせて駆け寄ってきた。
「考太くん!すごいことを思いついた!」
「なんだ?」
「『#写りこみ男チャレンジ』はどう?みんなに黒い帽子被って同じポーズさせるの!そしたら『写りこみ男は考太説』が薄まるじゃん!」
考太の顔が輝いた。
「それは!群集行動による個人特定の確率低減理論!素晴らしい!」
「ねー!しかも超バズりそう!」
二人は意気投合したが、みこは冷ややかな目で見ていた。
「バカなことやってる場合じゃないのよ。市長が『公式見解』を求めてるのよ」
「公式見解?」
「そう、写りこみ男は実在するのか、単なる噂なのか。専門家として説明してほしいって」
考太は胸を張った。
「任せろ!私の理論で完璧に説明してみせる!」
みこはため息をついた。
「お願いだから、難しい専門用語は使わないで……」
その頃、抜江は近くの図書館で真面目に調査を始めていた。彼女は古い郷土資料を山積みにして読み漁っている。
「わあ!見つけた!明治時代の『春日丘影男伝説』!」
彼女は興奮して古い書物のページを開いた。そこには確かに「影男」と題された記述があり、黒いシミのような形が写真として載っている。
「これだ!写りこみ男の最古の記録!」
抜江は図書館員に声をかけた。
「すみません、この写真の原本はありますか?」
図書館員は眼鏡越しに本を覗き込み、苦笑いした。
「お嬢さん、それは写真じゃなくて、昔このページにコーヒーをこぼした染みですよ。『影男』というのはその前のページにある民話の続きで、このシミとは関係ありません」
抜江は真っ赤になった。
「そ、そうだったんですか……」
彼女が落胆して図書館を出ると、商店街は更に騒がしくなっていた。「写りこみ男チャレンジ」が早くも始まっており、黒い帽子を被った人々が次々と同じポーズで写真を撮っている。
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