第1話(後編)――「ダイヤモンドの洞窟と皇帝の影」
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『エルデン公爵家の末子』(第十章第1話)の【登場人物】です。
https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/7667601419974024727
『エルデン公爵家の末子』(第十章第1話)【作品概要・脚注※】です。
https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/7667601419974096353
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前書き
本後編は、防寒外套・毛皮手袋・毛皮靴・綿下着を整え、セヴェリナ国の「ダイヤモンドの洞窟」へ向かう行程を描く。冷気の痛み、岩と鉄の摩擦音、灯の震えを土台に、宝石の魔物の残党を退け、エルドラの弓矢を拾得し、数百カラットの原石を掘り当てる。これら一連の行為は実利と象徴を兼ね、同時に遠くで観察していたルカ皇帝の1月18日の新命へ収斂していく構図となった。
本文
毛皮屋の天井には獣油の匂いが漂い、指で撫でた毛足は雪のように柔らかい。壁に下がる外套は、セヴェリナ国の極寒を知る毛並みで整えられ、内側の厚い裏地は掌に吸い付いた。
「この外套は暖かそうだね。洞窟の中でもこれがあれば安心だろう」
「そうね、軽くて動きやすそうだし、これを選びましょう」
同じ毛皮で仕立てたズボンは縫い目が堅牢で、綿の裏地が体温を抱き込む。手袋の棚では羊毛が指先まで詰まり、握りこんだ拳に柔らかな反発が返ってきた。
「この手袋なら、冷たい風にさらされても手がかじかむことはなさそうね」
「そうだね。洞窟では手を使うことが多いから、しっかりとした手袋が必要だ」
毛皮靴の甲革は薄い光をまとい、靴底の鋲が石床に乾いた音を刻む。最後に綿の下着を重ねると、肌は汗を渇かしやすく、寒さは布の層で戸口の外に留められた。
「これで準備は整ったわね。アレク、これで安心して洞窟探検に挑めるわ」
「うん、これだけの防寒具があれば大丈夫だね。早速帰って準備をしよう」
荷を載せた馬車が軋み、店主たちの「良い旅を」という声が、冬の陽ざしに溶けていった。
(購入物資の明細については、【作品概要・脚注※②】を参照されたい)
◇ ◇ ◇
風の魔術は、ふたりを一息でセヴェリナ国の「ダイヤモンドの洞窟」へ運んだ。冷気は肺の奥で静かに痛み、吐く息は薄い霧となって灯の光にほどける。岩肌は氷の皮膜をまとい、足裏に伝わる硬い感触は慎重さを強いた。
暗がりから現れたのは、宝石の魔物の残党である。体表は光を割る面で構成され、ランタンの灯が万華鏡のように跳ね返った。アレクサンドロスは臆せず、風を刃に変えた。足元の霜が砕け、巻き上がる旋回は群れの動きを封じる。風は狙いを外さず、魔物たちは硬い音を残して岩陰へ消えた。
戦いの余熱が薄れる頃、石床にひっそりと横たわる弓矢が光を吸った。黒檀のような弓背、精妙な張り。彼はそっと拾い上げ、工の息を手の中に感じる。
リディアが近づき、囁く。「アレク、それは……」
「エルドラの弓矢だ。この洞窟にあるものとは思わなかったけれど、これがここにあるということは……」とアレクサンドロス。
「まさか、これがあの戦いの名残だなんて……でも、あなたが手にするにふさわしいわ」
弓を包み、ふたりはなお奥へ進む。岩壁の隙間にランタンの灯を差し入れると、点々と光の種子が眠っていた。床には10カラット前後の原石が星座のように散り、冷たい空気にきらめく。
「ここだ、リディアおばさん。これならもっと大きな原石が見つかるかもしれない」
鉄の打音が洞窟に規則正しい拍を刻む。手袋越しに伝わる振動、金属と石が擦れる匂い。時間だけが淡々と積もり、やがて刃先の向こうに、異様な静けさが訪れた。石の胎内から現れたのは、数百カラットに及ぶひとかたまり。灯にかざすと、封じられた光が幾千の面で跳ね、ふたりの頬に白い炎を踊らせた。
「見て、リディアおばさん!これは……」
「アレク、本当に素晴らしいわ。これほどのダイヤモンドの原石を見つけるなんて……あなたの努力の賜物ね」
リディアは感動した様子でアレクに微笑みかけ、彼の頑張りを心から称賛した。アレクもまた、その言葉に満足げに頷きながら、原石を慎重に包み込み、リディアに手渡した。
「これはおばさんに贈るよ。僕が見つけた宝物だ」
リディアはその言葉に涙を浮かべ、アレクの贈り物を大切に受け取った。二人はこのダイヤモンドの洞窟での思いがけない成果を胸に刻みつつ、探検の旅を続けることを誓い合った。
リディアは、愛する甥のアレクを胸に抱きしめ、アレクが求めるがまま何度も何度もキスを与え、光り輝くような真っ白い両乳房をアレクに含ませた。
その夜、ふたりは風の魔術でガンナ国東海岸の邸へ戻った。屋敷は留守で、暖炉に火を入れると、松脂の香りが室内を満たした。リディアは原石を布に包み、アレクサンドロスは手帳に日付と方角、採取の手順を書き留めた。紙の擦れる音が、冬の夜の唯一の波音であった。
◇ ◇ ◇
この一部始終を、遠くから見ていた男がいた。ルカ皇帝である。彼は各地へ伝書鳩を放ち、ふたりの身元と、空を駆ける術の理を丹念に探らせた。飛翔の指輪を失った皇帝にとって、風に乗る技は権力の地図を塗り替える知であったからだ。
3日後、1月18日。朝の霧がほどける刻限、ルカ皇帝はカッシウス・ガンナス邸に姿を現した。磨かれた石床に外套の裾がかすれ、広間の空気は一瞬にして張り詰める。
「お前の孫:アレクサンドロス・ガンナス(15歳)にクリムゾンレイン列島とエクリプス大陸 の占領を命ずる。領地は切り取り次第とする。アレクサンドロスにその旨伝えよ」
後書き
洞窟で得た弓と原石は「これから征く領域」と「選び取る力」を示す鍵である。同時に、見えざる監視者たる皇帝の視線が、探索を占領命令へと接続した事実が重要である。次話では艦隊の編制、航路と補給、上陸手順、指揮と役割分担を平易に示し、計画を実戦の地図へ変換する。
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