3日目

「旅。旅かぁ…大変だったんだね。うんうん。これで大体、ノエルちゃんの事は分かったよ。ごめんね…長々と詮索しちゃって。私の専属メイドさんになるんだから、経歴くらいは知りたくてさ…その格好じゃ、寒いでしょ?とりあえず、お風呂入りな。」


……



「…ごくり。」


脱衣所で服を脱いだ私は、強大な正義(最近だとザクト)と相対した時くらいの、決死の思いを胸に抱きつつ、(掃除前にしれっと沸かしておいた)風呂場の中に入る。


いつか前に試した、無色の魔力で構成された魔力風呂は、入る前にゲロっちゃったし…AB型の人間の血液を溜めた血液風呂は、完成した瞬間、我慢出来ずに、3秒で空になった。


だから人間がよくやってる、この一般型がベスト…なんだけど。


泡の1滴から水の1滴に至るまで、決して…口に含んではいけない…AB型の人間の血肉以外を食べる事が出来ない吸血鬼にとって、一般型での入浴は、もはや戦場そのものなのだ。


「…ノエル、行きます。」


木で出来た丸椅子に座って、全神経を研ぎ澄ませながら、シャワーの蛇口を少し捻った。


……



【…話は分かりました。成程。私がいない間に、見知らぬ人間に、自分の素性をペラペラと話した挙句…家主のご厚意に甘えて、他人のお風呂を使わせて貰っている…と。】


はい。


【ノエルはパシらされるのが得意そうなので、専属メイドになった事は納得しました。その…私が言うのもアレですが、エンカウントした瞬間に、殺せばよかったのでは?】


ええ…返す言葉もございません。


(軽く聞き流しながら)ようやく長い髪を洗い終えた私は、細心の注意を払いシャワーで泡を流す。


【…今回の世界について、公園でまとめていたのですが、どうやら…『原初の魔物』の1人が統べている世界みたいですよ?】


ふーん、そう。


【正体についてはまだ、読み切れてはいませんが…あれ…?意外と反応が薄いですね。てっきり、もっと驚くと思っていたのですが。】


シャワーの温水をちゃんと止めてから、丸椅子から立ち上がって、ゆっくりと浴槽に右足…左足を入れていく。


【先程から、ぎこちない動きが目立ちますが、綺麗好きと宣った癖に、お風呂が嫌いなんですか?】


……。あのちょっと、黙っててくれない?少しでも、水が口元へ跳ねて来ただけで…あっ。


【てっきり、私…水くらいは飲めると勝手に解釈していましたが…へぇ。弱いんですね…水。溺れたら即終了じゃないですか。】


うっ…今まで、何とか悟らせないようにやって来たのにぃーー!!!!あの…この事は、他言無用でお願いしてもいいですかね?私はともかく、兄さんも含めた、優秀な同族の皆様方にも迷惑がかかると思うので……


【さてどうしましょう…小心者で有名なあのノエルが煽っても反応がない時点で、何か隠し事でもあるのかと思っていたら…やっぱりでしたよ。分かりやすくていいですね。】


な、なぁ…こっちは、文句言いたいのを我慢してるのに!!!好き放題言いやがって、この性悪!!!!


【褒め言葉として受け取っておきます。ところで話は変わりますが…こんな場所でノエルは、私に、かまけている暇があるのですか?】


何を言っ…


「……っ!?!!」


さっきまで、浴槽の縁をがっちりと掴んでいた筈の右手の力がルーレットの女神のちょっかいの所為で緩み、ズルっと滑ったのだけは分かった。


このままだと浴槽の中に飛び込む形になり、少なからず、浴槽のお湯を飲んで私は死ぬのだが、生き残れる道ならある…後は、私のプライドの問題だ。


だけど、考えてる暇なんてないし…結論ならとっくに出ていた。



「そんな終わり方…」



——母様に顔向け出来ないっ!!!



私は躊躇せずに、右手を手刀の形にして、左腕を切断した。



これはいつの間にか出来るようになっていた、私だけの、9つある奥の手の1つ。


…だと最初は勘違いしていたけど、ある日、上機嫌の母様に教えて貰った時…真実を知った。


だから…この名前の方が通りはいいだろう。


左腕が細長い長刀に変わり、右手で掴み、私の両足ごと、浴槽を切断した。


その銘は……『ノインテーター』


かつて、兄さんが愛用していた…所有者の力量が上がれば上がる程に成長する、生き……


「ぐふうっ!?」


物思いに浸る時間すら与えられずに、後頭部をぶつけて…私は意識を失った。


……



気づけば、バスタオルが敷かれたソファーの上で素っ裸の状態で、寝ていた。体の渇き具合からして、どうやら…濡れた体を拭いてくれたらしい。


「あっはっは!!!…何か、お風呂場から鈍い音がして来てみたら、浴槽が縦に真っ二つになってるわ、色々斬れてて、血でびっしょりだわで、びっくりしたよ!!!!」


右手で、ビールを飲みながら久留さんは、『ノインテーター』をブンブンと振っていた。


「そうそう、両足が再生してるの見たよ…吸血鬼ってのは凄いね!!!未だに、左腕が再生しないのは、この刀が影響してるのかな?」


「……」


酔っ払いの癖して、本当、鋭いなこの人…ていうか、自分の家のお風呂が壊れたんだぞ?てっきり怒るかなぁ…とか思ってたんだけど。


「まっ、余計な詮索はさっきやったから…はい返しましょう〜」


そう言うと『ノインテーター』を手渡した。


「ワクワク…ワクワク♪」


「……」


そしてキラキラした目で、私を観察する。


冷蔵庫に『アレ』がある時点で、人間にしてはこう…かなり変わってるとは思ってたけど…


【やはり…変人ですね。】


直接的に言うなし…でもどうしよ。


『ノインテーター』を左腕に戻す方法は、たった1つ…丸呑みするしかない。だけど丸呑みする段階で、かなり内臓とかを傷つける訳で……


両足を再生して消耗している今…これを呑んだらワンチャン、死ぬリスクが……


「血…あげようか?」


「へっ!?」


「ノエルちゃんがお風呂に入ってる時にね、自分の部屋のパソコンで調べてたんだ…血を飲めば、再生力が上がるんでしょ?」


「確かにそうだけど…その、久留さん。」


パソコンが置かれてる部屋は見てないから、久留さんの部屋は、まだ掃除出来てないな。


「言ってなかったっけ?私がAB型だって。」


私が止める間もなく、左の人差し指を口で噛み、血が滴る指を私に向けていた。


「ほら。飲みなよ…っと!?」


「……!!!」


久方ぶりに飲める血液に、我慢出来ずに、その指を口に入れて徹底的に舐め回す。


この芳醇な香り…計算され尽くしたAB型の血液特有の(※ノエル談)甘味、塩味、辛味、苦味、酸味、うま味が、丁度いいバランスと調和をもたらしていて………


「美味しい?」


「お、お、おいひい!!!」


【成人したであろう女性の指にがっつく、中学生くらいの子供…これが異性同士なら仮に両者が同意していても、私が警官なら、監獄行き確定ですが、同性同士でも…絵面が酷いですね。ノエルが下品で粗末な食事をするなら、私は…豪華なご飯を作って上品に食事をしましょう。では…ごゆっくり〜】


ルーレットの女神の言葉が入らないくらいに…久方ぶりの血液は、前回の世界で、荒みきった私に幸福感と喜びを与えてくれて。


……死線(お風呂)を潜り抜けた後な事もあり、いつもよりも格別だった。






































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