本屋のお姉さんと異世界で魔術書探索

吉ヶ原ハヤブサ

000.プロローグ

「いらっしゃいませ~」


 学生が3人、今は夕方16時。授業が終わり学校から帰るところなのでしょう。

 学校帰りに本屋に寄った、といったところかな。猛暑が続く日々、帰りに冷房が効いた本屋は帰り路の学生にとっては憩いの場。


 胸元をパタパタさせ涼しい風を服の中に入れている少年。手で仰ぐ少年。ハンカチで額の汗を拭う少年。

 残念ながら手で仰いでも風はあまり来ないぞ…。と内心突っ込みを入れるフリーター私。この時間はあまりレジに人が来ないのでやることがあまりない。

 心身ともに暇を持て余している私は学生観察が日課になりつつある。

 カップルで来る者もいれば、一人で来る者もいる。両想いなのか片想いなのか怪しい男女もいたりして中々面白い。

 仕事疲れのサラリーマンを見ると嫌な記憶を思い出すので視界から速やかに削除する。私の癒しはキラキラと光る学生くらいなのだから。


「あ、お願いします」

「レジ袋ご利用ですか?」

 要らないです。と首を振る少年。君は環境に配慮した良い子なんだね。

「2点で1320円です」

 千円札が1枚と320円。ピッタリ頂いたので商品にお買い上げシールを貼り手渡す。

「ありがとうございました~」

 少年は足早に本屋を立ち去ってしまった。

 そりゃ可愛い女の子が書いてある本。しかも露出が多めの女の子の本なんて堂々と買いずらい年頃だよね。環境に優しくても男の子は男の子なんだな。


「美咲ちゃん、レジ変わったらあとは上がっていいよ」

「はい。ありがとうございます」

 店長の柊さんとレジを代わった後、私は着ているエプロンを外し退勤をする。

 ロッカーから鞄を取り出し、帰る支度をした。


 あ。今日は最新巻が出ているんだった。帰りに買わないと…。


 一度店内に戻る。さっきまで働いていたところに客として来ると、どこか気恥ずかしい感じがするのは私だけではないはず。

 コミックスが置いてあるところまでは入り口からすぐ右手。今日並んだばかりの最新巻を手にしてレジに進む。

 会計を済ませた後はただ帰るだけ。実家暮らしの私は家で母がご飯を作ってくれているに違いない。今日のご飯は肉を所望したい気分。

 働いたあとに食べる肉は格別に旨いんだよね。空腹というスパイスに労働といく隠し味を足せば、結局なにを食べたって旨い。

 更に好物であれば明日への活力を補充まで済ますことができる。


 と夜ご飯のことを考えながら店を出ると、雨が降ってきた。

 傘もってないや…。環境に優しい私はレジ袋は要らないと言ってしまったばかりに最新巻を守ることができない。

 これは秘伝のお腹ポッコリを発動するしかない…。

 だが傘がない状況で服は濡れてしまう。完全に守ることはできない。

 いや待て、待つんだ私。本には薄いビニール。本は自衛で十分とみた。

 となると守るべきは私。攻撃は最大の防御ともいうけれど、対雨となると攻撃のしようがない。

 万事休す…避けられるか…いや無理か…。


「あ。こんなところにいたの美咲ちゃん」

「店長さん」

「雨降ってるからこれ。また明日返してくれればいいからさ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 そう言って店に置いてあった予備の傘を店長が貸してくれた。

 なんてベストタイミングなんだ…。雨を避ける発想に至っていた私のもとに現れた救世主。


「店の窓から美咲ちゃんの姿が見えてね」

 それで傘を持っていないんだと推測し持ってきてくれたそうだ。

 こんなフリーターの私にも優しい店長や世界に感謝を。


「また明日のシフトの時に返しますね」

 ありがとうございます。ともう一度お礼をしお店を後にした。


 雨に打たれずに済んだ私は気分が良かった。最新巻もゲット、雨にも打たれない。今日は付いてる、運が味方しているみたいだ。

 お店から家までは徒歩20分ほど。フリーターの私は健康思考でもあるため、本屋へは歩いて向かっている。

 体は大事だからね。体さえ元気ならば意外となんとでもなるって、どこかの誰かが言っていたような気がする。


 運を噛み締めながら私はふと、ある少年を見つけた。

 少年はこの雨の中、傘も差さずに信号待ちをしていた。当然少年の体はずぶ濡れ、このままでは風邪を引いてしまう。

 

 けれど少年は見たところ、高校生?少し幼げな顔つきをしている。

 高校生の彼にフリーターのお姉さんこと、来年で24歳の私が話し掛けても良いのだろうか…。

 いや良い。邪な考えがあるわけではない。私は彼に信号待ちの間でも傘を差したいだけなんだ。

 これは今日付いてる私からの運のおすそ分けなんだ。よし話し掛けよう。


「大丈夫?風邪引いちゃうよ?」

「あっ…すみません」

 私は話し掛けながら彼の頭上に傘を差してあげた。が直後に信号は変わってしまった。私の優しさは大して意味はなかったみたい。少し気まずい…。

「ありがとうございました。自分はこれで…」

「わ、私も帰り路そっちなんだよね」

 この言葉に嘘はない。けれど少年の方向から帰ると遠回りになってしまうだけ。

「じゃあお言葉に甘えて…」

 少年ごめんね…。こんな時に気の利いた会話できるようなお姉さんじゃなくて。


「君は…高校生?」

「はい、2年生です」

「じゃあ青春真っ只中だ!」

「いえ…自分は友達が少ないので」

「…」

「…」


 自分のコミュ力の無さを呪うよ。こんな気まずい展開を迎えるなら少年も風邪を引いた方がよかったのではないだろうか。

 そんな後悔が頭によぎった時、私は嫌な予感がして少し寒気がした。少し肩が濡れて寒いだけかな。

 歩道を2人でゆっくりと歩いていく。

 雨はどんどん強くなり、視界が悪くなる。少年が背が私よも少し高いので傘を持つ腕が少し痛い。

 けれど気分は良かった。最新巻と借りた傘に少年を助ける余裕まであった。

 腕の痛みや視界の悪さなんて気にも留めてなかった。


 だから。

 だから、私は前から来る車に気付かなかった。

 少年も私が持つ傘が視界を遮っていたのだろう。


 もう少し気を配っていれば、いつも通り過ごしていれば…。


 私が少年に傘を差さなければ…。きっと未来は違ったのに。


 熱い。お腹が熱い。車道側に歩いていた私は先に車にぶっ飛ばされたのだろう。

 結局、最新巻読めなかったな…。


 今日は運が良い日。そんな気がしただけだった。


 

 川上美咲の意識はここで途切れた。

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