第4話 別れ

 翌日、俺がベンチに座っているとナツキがやって来た。

 昨日の件もあり、ここにはもう来ないんじゃないかという不安もあったが良かった。

 ただ、ナツキの表情はいつもの様な明るいものではなった。どこかでよそよそしく、しきりに手を弄っている。


「よぉ、昨日はすまなかったな」


 俺が話しかけても返事はない。

 ナツキの様子からも見て、何か俺にとって不都合な事を言わないといけないが言い出せないのだろう。

 俺は静かに待ち続けると、ナツキは勇気を振り絞った様に口を開く。


「あのね昨日の事、ママに言ったんだ。そしたらシューズくらい買ってあげるって言ってくれたんだけど、もう太郎さんとは会うなって……」

「何だ、暗い顔してると思ったらそんな事か。良かったじゃないかシューズ買ってもらえて」

「でも……」


 なんとも喜ばしい事だ。こんな俺を気に掛けてもらえて。

 だが俺のせいで道は違えてほしくない。

 大人としてナツキの行く道を照らしてやらねばならない。


「なぁ、陸上は好きか?」

「うん」

「ならどっちを選ぶべきかは分かってる筈だ」


 返事はない。だがナツキも心で分かっている筈だ。


「一つ小話をしてやろう」


 俺はある少年の話を始める。


「ある中学生の子は足の速さには自身がありました。でも努力や練習は嫌いで、部活を引退してからは運動はしなくなりました。結果、足は少し遅くなりましたが、運動会のリレーではアンカーに選ばれる事になります。アンカーに選ばれたからには頑張らないと。そう思いその子は自主練を始めましたが、怠惰な性格なのでたまに少しだけ練習する程度でした。でも自分は速いから大丈夫だろう。そんな根拠のない自信を持って挑んだ運動会。結果は負け。トップ争いをしていたが、実力は拮抗しており、先に走り始めていた相手を抜けずに終わってしまいました。ちゃんと練習していれば勝てた相手だったのに。その子もそれを嘆いていました。もっと練習していれば。努力を続けていればって。でもその時は何でそこまで悔しいのか分かっていませんでした。分かったのは大人になってから。やれる事をやりきらずに中途半端なまま挑んだからだと。そしてようやく気付きました。好きな事は全力でやりきらないと後悔するのだと。だが過去は変えられない。その子は大人になった今でも、あの時の後悔を引き摺って生きていくのでした。おしまい」


 つまらない話だが、ナツキは黙って聞いていた。

 そして話が終わるとナツキは静かに口を開く。


「それって太郎さんの……事?」

「さぁな」


 誰の話だろうと関係ない。

 とにかくナツキにはそうなってほしくない。

 俺は立ち上がると公園の出口へと歩き始める。


「どこ行くの!」

「もうここには来ねぇよ。だから会う事はない。大会、全力で頑張れ。ナツキにはあぁなってほしくないからな」

「待ってよ!」


 呼び止める声を無視して、俺は歩いて行く。

 振り向く事はしない。短い時間だが思い入れが出来てしまったから。

 ここできっぱりと断ち切る事があの子の為になる。


「頑張れよ……」


 今日の空にはいつもより星が鮮明に映っていた。

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