第5話:聖女への宣告
玉座の間は、いつになく張り詰めた空気に包まれていた。
「――聖女ミリア殿。王国は、貴女に対して正式な“説明要求”を通達する」
宰相の口から告げられたその言葉に、集まった廷臣たちはざわめいた。
神の使徒とまで崇められていた存在に、王家が“疑念”を突きつけた。
これは、ただの尋問ではない。王国そのものが、“信仰の正当性”を問うということだった。
王の隣、やや後方に控えていたセドリック王子の手は、無意識に拳を握っていた。
その瞳は、壇上のミリアをじっと見つめている。
「……説明、ですか?」
ミリアは一瞬だけ目を伏せるが、すぐに顔を上げ、完璧な笑みを浮かべた。
「私は、常に“神の導き”に従っております。もし民の中に誤解があるとすれば、それは私の祈りがまだ足りぬ証。この場で、あらためて清めを行わせていただければ――」
「それでは答えになっておらぬ!」
突如、声を上げたのは、若き議員にして魔術士階級の代表、ディアル侯だった。
彼の手元には、先日広場で採取された“祈りの水”の成分報告書があった。
「この報告によれば、“聖なる水”の中からは神聖属性とは異なる不純物が確認されている。しかも、魔力を定着させるための薬品が……!」
「それは……! きっと誰かが、私を貶めようとして――!」
ミリアの声がわずかに上ずる。
(誰がこんなことを……。まさか、レティシア、あなた……?)
怒りと焦燥が、彼女の内心に渦を巻いていた。
(この場で否定しきらなければ、私の“聖女”という存在が揺らいでしまう……!)
しかしそのとき――
「では、祈ってみせよ」
セドリックが静かに言った。
「ここで、万人が見ている中で。奇跡を起こしてみせることは、できるか?」
静かに放たれたその問いに、ミリアは答えられなかった。
「……」
その沈黙は、重く、深く、玉座の間に落ちた。
その瞬間、王の一言が響いた。
「聖女ミリア。汝に“疑念”がある以上、一時の謹慎を命ずる。潔白を証明せよ。それが汝の使命であろう」
裁定は下された。
信仰の象徴は、“ただの人”として、試されることになった。
♢♢♢♢♢
重く閉ざされた大聖堂の私室。
窓の外には信者の姿もなく、神殿の鐘がむなしく響く。
「……なぜよ。なぜ、こんなことに……」
机に突っ伏すようにして、ミリアは肩を震わせていた。
顔を上げると、整えられた髪は乱れ、目元は涙で濡れていた。
しかし――その涙の意味は、悔恨ではなかった。
(あんな奴らに、何が分かるの?)
(私は努力してきた。貧民の出なのに、神の声を聞ける“才能”だけで這い上がったのよ。神の代弁者として、奇跡を見せて、民を救って――その結果が、これ?)
聖女としての衣を握りしめるその手には、爪が食い込むほどの力がこもっていた。
(レティシア……! あの偽善者貴族め! 全部、あなたが仕組んだのね)
(でも、私は負けない。“奇跡”は作れる。信仰は、操作できる。私がこの国に必要なのよ)
鏡に映る自分の顔を見つめながら、ミリアは静かに微笑んだ。
「それでも、私は“聖女”なのよ」
――誰よりも、神に選ばれるべき存在。
一方、城下町の一角では。
「……王家が動いた以上、聖女ミリアの正体は、もはや時間の問題でしょう」
静かに報告するヴェイルに、レティシアは小さく頷く。
「ここまで来れば、あとは彼女自身が“本性”を曝け出すのを待つだけ。……嘘を重ねれば重ねるほど、真実との落差は際立つものよ」
その声は静かだったが、どこか哀しみを帯びていた。
(ミリア……あなたは、本当に神に救われたかったのかしら。それとも、誰かに必要とされたかっただけ?)
遠い昔の“あの日”、レティシアが彼女の祈りを聞いたあの瞬間を、ふと思い出す。
――でも、もう戻れない。
これは、“バッドエンド”を選んだ者への当然の報い。
レティシアの瞳が、夜空に向かってゆっくりと閉じられた。
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