第11話 転勤
平日の名古屋駅の朝は通勤者でいっぱいだ。JR、名鉄、地下鉄と改札口が沢山あり、人波で交差するところを前に進むのには至難の業だ。自分なりのコツと言えば、前をしっかり見て歩く、というよりはちょっと先の人の足元を見て歩くようにしている。そう歩くことでぶつかりにくくなった。地下を通り抜け出口から外へ出る頃には人が
AICHIビジネスカンパニーのロゴが入った従業員通用口にICカードをかざし、中に入り「おはようございます。」と言いかけると、目の前にAICHIビジネスカンパニーの社長の
「え!」
「おはよう、高山さん。」背が高く(178センチくらいだろうか?)少し長めのツーブロックで白髪で、お洒落にスーツを着こなすイケオジの金原が爽やかな笑顔で言った。朝から
「朝から眼福ですねぇ。」 いつの間にか私の後ろにいた、宮崎かおりと加賀優奈が声を揃えて囁いた。
「今日は私が朝礼をするからね。準備できたら集まって。」金原は見た目の通り、昔ながらの威厳ある社長というよりは社員に対しても親しみやすい雰囲気である。だからと言って、数字には甘くない。新年度が始まって一か月となるこのタイミングで、今更感がある。何か問題でも起こったのだろうか…。
「では、朝礼を始めます。おはようございます!」
「おはようございます。」オフィス内は受付2名、リクルーター3名、コーディネーター4名、総務経理1名がいる。皆いっせいに挨拶を返す。
「私が朝からなぜここに来ているか、と気になっていると思う。本当はもっと早く来て、みんなが嫌がる数字の話もしなくてはならなかったんだが…知っての通り前年度から支店を徐々に増やしていて、あちこち飛び回っていたんだ。しかし、好調なスタートとは言えない。窓口がうまく回っていない、特に北海道が。」
「北海道…。」私は呟いた。
「そう、離れているから、どんな風に求職者を案内しているのか分からないが、応募に対し10%も満たない。先月…年度末にもかかわらず、就職者は3件だった。」
「!!!」これには私も驚いた。赤字もいいところで、会社として成り立っていない、むしろない方が良いのではと思う数字だ。ありえない…。
「そこで考えていたことなんだが、このオフィスから1名北海道に行ってもらいたい。適任者としては、」と言いかけた金原と目が合った。まさか?まさか?妙な汗が流れた。「高山さんに行ってもらう。」行ってもらう?すでに決定事項か!
「宮崎さんも優秀だし、加賀さんも慣れてきたと報告受けたし…」報告したのは私ですが!「高山さん、北海道このままだとヤバいから準備出来次第行ってもらいたい。」うん、確かに就職者3名はヤバい。わかる。
「金原社長に質問です。期間的にどのくらいでしょうか?」
「そうだなぁ…北海道オフィスの中がどうなっているのか判断してもらって、最悪、人事も立て直しになると思うから1年くらいだと思うよ?」ああ、もうそんな出張的な話ではなかった…。
「考えさせていただく時間ってあります?」
「ない!急ぎだからね。」金原社長、容赦ない…。そんなやり取りをオフィス内全員が沈黙してみていた。
「今日から準備期間ということで在宅扱いでいいよ。」つまり帰ってさっさと支度しろという事だ。
「承知いたしました。」
「じゃ、次の連絡事項だけど…。」そのまま金原は話し続けたが、なにも頭に入らなかった。朝礼が終わったらひとまず帰るとしよう。
「ただいま。」自宅マンションの玄関を開けると静かだった。犬は寝てるらしい。海外オンライン会議となると時間など関係なく、仕事も変則的だ。カタっと音がした。
「あれえ?高山さんがいる。これは夢か…。」犬は寝ぼけながら起きて来た。
「ごめん、起こしちゃって。夢じゃないよ。」
「そっか、仕事はどうしたの?具合でも悪くなった?」犬が私の顔を覗き込む。
「いや、それが…出勤したら急に転勤になっちゃって。」
「え!それって…まさか
「コロスよ…。北海道よ。成績がヤバくて状況を調べに行って立て直しだって。」
「そっか。じゃあ、ある程度の荷物準備しなくちゃね。ここはそのままにして必要な物だけ持って行って、あとはあっちで買った方がよさそうだな。どうせ戻ってくるでしょ?」
「一応、一年くらいはって聞いてる。」
「うーん、まあたまに帰ってくればいっか。様子見て必要だったら引っ越せばいいし。」
「そうね、って…。え?行くのは私だけだよ?」
「俺、犬だし。やっぱ飼い主が居なくちゃじゃん?」そう言って犬は笑った。正直、ひとりだと心細いのもあったから嬉しいのだが。
「多分、社宅はペット禁止。」
「大丈夫、ハッキングしてペット可にするから。」犬はニヤリとした。本当にやりそうで怖い。
「北海道かぁ!食べ物は何でも美味しいよね。あ、北海道のどこ?」
「札幌市。新千歳空港に近いから移動に便利だろうって、札幌になったみたい。」
その後私と犬は、必要な物のリストを作って荷物をまとめ始めた。
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