第十話 若草・10
とりあえずホッとしたが、一方でやらなければいけないこともある。この唐櫃をすぐに使えるようにしなければいけないのだ。まだまだ小さい草宮には、これを一人で運ぶことはできなかった。そこで、発想を変えてみることにした。自分の大事なものをこちらの部屋に置いておけばいいのだ。そこで少納言乳母を呼んだ。
「ねえ、少納言。私なんだかこの部屋気に入ったわ。」
少納言乳母は怪訝な顔をした。まああまり日当たりのよくない場所だから、不思議に思うのも無理はなかろう。
「ここで雛遊びとかしたいし、玩具も増えてきたから、少し移そうと思うの。ねえ、いいでしょう?」
「・・・若君が、急に自分から片付けなどと言い出すようになるとは。」
不審がられているかもしれない。だが、この物語を隅から隅まで調べるためには押し通さなくてはいけなかった。祖母がまだ本調子ではないうちに、一応は尼上の部下である少納言乳母に話をつけてしまうのが最も手っ取り早かった。
「だから、雛人形とか人形の家とかをこちらに持ってきて。」
「こちらで遊ぶということですか?」
「うん。そうだよ。少納言は、反対したりしないよね。私は上ちゃまの孫だものね。」
なんか脅しているかのようで胸が痛む。本当に申し訳ないとも思う。
「・・・ええ。では、これから持ってきますね。」
そう言って、少納言乳母は何人か呼びに行った。草宮の玩具を一人では運びきれないと判断したからだろう。とりあえずの関門を突破したことにほっとして、ぼんやりと端近へと歩いて行った。池の水がきらきらきらきら輝いている。草宮の急激な変化など、まるで気にも留めていないかのように。
○
3日後、庭の藤が見ごろになったと女房達がしゃべっている昼下がりのことだった。
「牛車が来ております。」
門番がそう報告して、一気に大騒ぎになった。やれ敷物の用意だの、円座を持ってくるのなんだの。
「ねえ、誰が来たの?」
草宮がそう聞くと、大輔が大きな目をこちらに向けながら軽く答えた。
「まあ、若君の父君ですよ。尼上の快気祝いに来たようで。」
きた、と思った。これからの身の振り方を考えるうえで、父の立場をなるべく正確に理解することは絶対に必要だった。だが、父はこの家になかなか姿を見せない。女房達の話は、幼児相手ということで、正確性に欠けるかもしれないので、なるべく父本人に聞きたかったのだ。
「大輔、私も父君と話したい。」
「もちろんですとも。あちらも会いたがっておいでだと思いますから、もともとそのつもりでおりましたよ。」
大輔は少納言乳母と違い、草宮が急に大人びたことを不審に思っていないようだった。素直な性格なのがありがたかった。
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