第七話 若草・7

 「若君ー!むこうに鶯がいますよ~」

 少納言乳母の娘である狛君≪こまき≫の声がした。草宮は慌てて立ち上がり、壁代をめくった。最後にもう一度振り返った。やはり局の中は空っぽだった。しかし白昼夢を見たわけではないことは、頭の中に浮かんでくる知識から察せられた。今までぼんやりとしか見えていなかった景色や不思議なことが、急に鮮明に見えてきたような感じだった。例えば、一人娘であるはずの自分は「姫君」と呼ばれるはずなのに、「若君」と呼ばれているのか、など。狛君ととりとめもない会話をしていても、心はどこか上の空だった。

                  〇

 夜になると、年配の女房達が局に戻ってきた。山深いところだからか、いつもよりもご飯の量が少なかった。幸いなことに、ここの僧達は有能であったらしく、尼上は順調に快方に向かっていた。明後日には都の邸宅に帰れそうだという。

 「どうしたのですか?」

 いきなり大輔に話しかけられてびっくりする。

 「何か、気になることでもあった?」

 「いえ、今までは髪をとかすのを嫌がられておりましたのに、今日はやけに素直なので。」

 なんだかなあと思いつつも返事をする。知識が増えたおかげで、髪は手入れしておくといろいろ得だと気づいた、などとはもちろん言わない。

 「ほめてくれてありがとう。」

 そう答えてしばらくしてから乳母の隣で横になった。だけれども、頭のなかではものすごい勢いで、今日の昼のことを考えていた。

 結局、どのような経緯で戦が起こるのか、どの皇子が皇位継承争いに参加したかもよくわからなかった。ただ、ひとつわかっていることがある。それは、薫が出家したことが原因の一つということだ。すこし突き詰めて考えてみるかと思った。

 失恋相手は宇治八の宮の三姉妹に対してだ。なんで失恋したんだっけ?と考えてみる。まず、三姉妹のうち、妹二人は、薫の本命ではなかったからではないか。それゆえに薫は魅力を感じてもらえなかった。

 逆に、薫にとっては長女が本命であった。では、長女と結婚できなかったのはなぜかというと、彼女に結婚を拒否されたからだが、なぜ拒否されたのか?さきほど一気に読んだ内容を頭の中から引っ張り出す。

 ややあって、それらしきものを発見したような気がした。一つは、彼女に後見がいないこと。もう一つは、妻の立場の弱さである。

 草宮はこれだ、と思った。この二つを解決すれば、薫は八の宮の長女と結婚し、出家しないかもしれない。だが、後者はともかく、前者には疑問がある。なにせ、彼女は光る君の姪なのだ。光る君には弟が何人もいる。三親等以内なら名前だけでも貸す人が多いこの世の中で、彼女たちと縁を切った方がいいと思った人たちがいるのは、なぜなのだろう?


 

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