第12話 『真なる権能』
ケルビムが崩れ去った空間に、静寂が訪れる。
陣の前に現れたのは、神殿のような構造の一室──
中心には円形の台座が浮かび、その周囲には複数の“椅子”が並ぶ。
しかし、そこに誰かが座っている気配はない。ただ、空間全体が“選定”の意志を宿していた。
【選定の間】
【条件達成者を確認。真なる権能の付与を開始します】
タワーシステムの声が響いた直後、台座の上に光が集まり始めた。
その光は言葉では表現できない“概念”のようで、まるで感情や記憶の断片が混ざっているかのように、陣の周囲を漂う。
「……これは、俺に選べってことか?」
【選択対象:真なる権能──候補一覧表示】
浮かび上がる選択肢。
だが、その中に表示されたのは、ただひとつの権能。
【因果干渉】
種類:パッシブ
効果:保持者が致命的損傷または失敗に至る未来を1日1回だけ改変する。
制限:任意発動不可。
発動後、再適応には精神安定度が影響。
「……運命を“やり直せる”力、ってことか」
強い。
間違いなく、神話級の権能だった。
文字通り、一度死ぬはずだった未来を“改変”する力。
だが、任意に使えるわけではなく、“塔が決めたタイミング”でしか発動しない。
「気まぐれな神様がくれた、保険……ってわけね」
光が、彼の胸元へと沈み込む。
刹那、脳内に直接、焼きつくような感覚。
──未来が変わった。
一瞬、自分が“死んだ”未来を、はっきりと“思い出した”。
「……こんな力、あっても使いたくないな」
陣はただ、そう呟いた。
そして、選定の間の天井に浮かぶ紋章がゆっくりと消えていく。
【真なる
【特別探査官/権能保有者:白石 陣──タワーシステムに正式記録】
この瞬間、陣は新たな存在となった。
単なる“深層ソロ探索者”ではない。
“未来を改変する権能を持つ、神域への挑戦者”。
だが、彼はその称号を誇ることもなく、光の柱が再び閉じるのをただ見送った。
「俺は……地道にやるだけだ」
誰に聞かせるわけでもなく、淡々と。
選定の間の光が消え、静けさの中で、陣の背中だけが微かに輝いていた。
♢♢♢♢♢
「速報です。タワー第13層の記録が……更新されました。名前は──白石 陣」
探索者協会のモニターに表示されたその瞬間、フロア全体にざわめきが走った。
ケルビム。
その名は神話の中で語られる、“塔の最深部に存在する守人”として、幾度も仮説と噂の対象となってきた。
しかし、それが“実在した”と記録された今──世界は変わった。
協会の幹部会議室では、複数の理事が慌ただしくデータを分析している。
「これは……本物です。戦闘ログも残っている。攻撃パターン、反応速度、空間干渉まで全て一致」
「いや、待て。こんなものが本当に存在していたなら、従来の階層理論が──」
「それより問題は“誰が倒したか”だ。白石 陣……またあの男か」
一人の理事が資料をめくる。
つい最近“特別探査官”として任命されたばかりのソロ探索者。
ギルド無所属、支援なし、無配信。
そして今や“権能持ち”。
「……探索者制度、再検討すべきかもしれんな」
その一言に、誰も反論できなかった。
だが──
同じ時間、街のコンビニでは。
「おー、白石くん。また夜勤?」
「ええ、ちょっとだけ塔に行ってから来ました」
制服に着替える陣の様子は、普段とまったく変わらない。
「なんかニュースで名前出てたけど、あれ本人? すごいことになってるじゃん」
「ええ……ちょっと神様と遊んできたんで」
さらっと言った一言に、店長が乾いた笑いを漏らす。
「そっかそっか、いやー頼もしいなあ。品出しお願いねー」
バイトはいつも通り始まる。
客が来ればレジに立ち、納品が届けば倉庫に走る。
その裏で、ネットの掲示板や配信界隈は完全に騒然としていた。
【速報】ナイト・ゴースト、神話級守人を撃破
【解析班より】戦闘ログ詳細。人類の限界超えてない?
【考察】新たな階層の存在と“真なる権能”の意味とは?
一部の熱狂的なファンは彼の映像をAI処理で補完し、「神」と称して拝んでいた。
「マジで一人でここまでやってたのかよ……」 「“無配信ソロ”っていう美学、今じゃ考えられん」 「次はどこ行くんだ、ナイト・ゴースト……!」
だが、当の本人は──
缶コーヒーを片手に、バックヤードでボソリと。
「……次は“神域層”か」
誰にも聞かれないよう、小さく呟く。
次なる階層。
未踏の神域。
彼が動くたびに、世界は確実に“変わって”いた。
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