第10話 『探索者協会の決断』

「……白石 陣、ですね」


応接室の空気が一段と重くなる。


探索者協会・中央本部。

重厚な扉の向こう、陣は数人のスーツ姿に囲まれていた。

彼らは協会の上層幹部。タワー踏破データの最高権限を持つ“観測者”たちだ。


「改めて、確認させていただきます。

 第13層の踏破記録、及び称号深層の影武者、この二点……あなたが本当に単独で?」


陣は椅子に深く腰をかけ、無表情のまま首を縦に振る。


「はい。ログも登録されているはずです。

 あとは、機械の判断に任せます」


モニターに映るのは、彼が取得したスキル群、未解析の称号ログ、そして“階層キー”と記された奇妙なアイテムの取得記録。


「これ……正直、意味がわからない」

幹部の一人が呻くように言う。


「そもそも《深層の影武者》なんて、公式には存在しない称号のはずだ」

「階層キー……本来、10層以降は未開発扱いだぞ?」

「何より、白石君……君のID、正式ギルドにも属していない。なんでこんな記録が……」


ざわつく会議室。

しかし、一人の女性幹部──桐嶋管理官だけは、目を伏せたまま静かに呟いた。


「……彼は、本物です。私が保証します」


その一言で、場の空気が止まる。


桐嶋は、タワー設立初期から観測に関わってきたベテランだ。その彼女が言い切った意味は重い。


やがて、議長格の老人が小さく息をつき、決断を下す。


「……白石 陣を、“特別階層探査官”として登録する。

 ギルド所属の義務は免除。本人の意思により、自由行動を許可。

 ただし、全階層における探索記録は自動報告とすること──異論は?」


沈黙が答えだった。


「では、決定とする」


陣は立ち上がり、深く礼をする──ようなことはせず、ただ軽く頭を下げただけだった。


「ありがとうございます。……俺、別に目立ちたいわけじゃないんで」


その言葉が記録され、数時間後、ネットに流出する。


『俺、別に目立ちたいわけじゃないんで』──孤高の探索者・白石 陣、協会公認の“例外”に。


SNSは騒然となり、

スカウト各社は頭を抱え、

ファンは熱狂し、

敵対勢力は密かに牙を研ぎ始めた。


だが──それらすべての喧騒を、陣はまるで他人事のように、静かに受け流していた。



♢♢♢♢♢




夜のタワーは、静かだった。


地上階層の照明は減光され、出入口ゲートには数名の警備員が立っている。

しかし、その視線の先には──一人の探索者の姿があった。


白石 陣。


黒い装備に身を包み、肩にかけた小型バッグには最低限の補給食とナイフ。

いつものように無言で、淡々と受付に端末をかざす。


──《ID:白石 陣/特別階層探査官 認証完了》


周囲にいたスタッフの誰かが、わずかに息を飲む音が聞こえた。


「ナイト・ゴースト……」

誰かがそう呟いたのは、確かだった。


地上では、彼の動向をめぐって騒動が続いていた。


ギルド各社は新たなスカウト資料を作り直し、報道機関はコメントを求めて奔走。

一部の配信者は、彼の過去ログの断片から“ナイト・ゴーストの真実”という動画を作り、数百万再生を叩き出していた。


だが──その本人は、コンビニでシフトをこなし、報道を無視し、黙って準備を整えていた。


「深層を、再確認する」


陣はただ、それだけの理由で、タワーに戻ってきた。


やがて、彼の姿がセキュリティゲートを抜ける。


監視カメラのひとつが、夜の映像を記録していた。

黒衣の男が、静かにタワーの奥へと消えていく──その背に、誰も言葉をかける者はいなかった。


その映像が後に拡散されることを、彼は知らない。


「ナイト・ゴーストが、また現れた」

──匿名掲示板に書き込まれたたった一言が、再びネット社会を燃え上がらせる。


彼の存在はもはや都市伝説ではない。

“リアルな伝説”として、確かに歩みを進めていた。


その先に、待ち受けるクエストがある。


【クエスト:階層の守人を撃破せよ】

【報酬:真なる権能】


新たな戦いが、静かに幕を開ける。

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