第2話 赤ちゃんになっています。

3ヶ月が経った。

それだけの時間が経てば、嫌でも状況を理解する。


俺は――赤ちゃんになっていた。


……いやいや、意味がわからんだろ。

ついこの前まで、27歳の社会人だったんだぞ。まあ、名前とかは全然思い出せないんだけど、仕事もやっと安定してきて、「これからは人生エンジョイするぞ」って思ってた記憶はある。


これは記憶を持ったまま転生したのか、それとも生まれたばかりの子どもの精神を乗っ取ったのか……そこはよくわからない。

まあ、どっちにせよ、この世界で生きていくしかないんだけどな。


前世と違うことはいくつかある。

まず、この世界には――魔法があるらしい。


庭にいた、やたらガタイのいいじーさんが、刃のようなものを空中から飛ばして、雑草をザクザク刈ってた。


あと、髪の色もピンクだったり緑だったりとバリエーション豊富だし、言語もたぶん違うんだけど、なぜかまったく違和感なく聞き取れるし、どんどん覚えられる。

そういえば、赤ちゃんの吸収力ってすごいって聞いたことがあったな。


でも、それよりも一番の違いは――「流れ」が視えることだ。


意識が戻ったときから、線みたいなものがずっと視えている。何かはわからないけど、便宜的に「流れ」って呼ぶことにした。


この「流れ」が視えるおかげで、魔法の存在に気づけた。

さっきのじーさんが放った、不可視の風の刃――それが「流れ」として視えたんだ。


俺、最初はめっちゃ舞い上がったよ。

1日中、魔法が使えるかどうか試してみた。


「……あうあーうあぅあうううーー(ファイアーボール!)」


「坊っちゃん?どこか痛いところでもございますか?」


メイドさんに見られた。


いやぁぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃ。

たとえ発音が赤ちゃん並でも、精神年齢30歳の俺にはダメージがでかすぎる……。


すぅーすぅー。

速攻で寝たふりを決め込んだ。


ガチャ。

「……あれ?寝てる? 気のせいだったかな?」


――その一件があって、ようやく落ち着くことができた。


...

......

.........

いや、ちょっと待て。

魔法があるってことは、前世より危険も多いんじゃないか?


うちの親、どう見ても貴族っぽいし、この世界、前世で読んでた王道ファンタジーの匂いがプンプンする。

ってことは……魔物?戦争?陰謀?

絶対なんかあるだろ。魔法だけが便利な技術で終わるわけがない。


いや、別にビビってるわけじゃない。

ただ俺は――


楽しい人生を生きたいんだ。


楽して生きたいわけじゃないし、ダラダラのんびりしたいわけでもない。

でも、退屈な人生とか、不幸なだけの人生なんて、もう御免だ。


せっかく転生して、チートっぽい能力も手に入れた(かもしれない)んだ。

だったらこの世界――本気で楽しんでやるさ。


そうと決めたら、まずはできることを探さないとな。


――まずは情報集めだ。世界がどうなってるか、魔法の仕組み、社会の構造、危険な場所。知っておいて損はない。


……が、その時点で詰んだ。


俺は赤ちゃん。

メイドもパパンもママンも、情報らしい情報なんて教えてくれるはずがない。


本の読み聞かせとかしてくれるかもって期待したけど、よく考えたら赤ちゃんに物語を読み聞かせる文化があるかすら怪しい。

今のところ、笑いかけてきたり、あやされたりするくらいだ。


……となると、もう自力で探るしかないよな。


とりあえず――

庭のじーさんが魔法を使ってたときに視えた「流れ」を思い出してみる。


たしか、身体の中心から手に向かって、線のようなものが伸びていた気がする。

……中心って、心臓あたりか?

それとも、魔力を動かす専用の器官でもあるのか?


むー、わからん。

でも、考えても仕方ない。今わかってるのは、「何らかの流れ」は確かに存在していて、それが魔法のトリガーになっているってことだ。


だったら――


まずは、自分の身体から「流れ」を生み出すことが目標だな。

意識を、心臓のあたりに集中させる。

瞑想みたいな感じでやれば集中しやすいんだけど、今回は「視る」必要がある。


だから、目は――ガン開きである。


「ん~……難しいな。鼓動は感じるけど、まったく“流れ”が見えない……」


時間がどれくらい経ったのかはわからない。

けど、体感でたぶん3時間くらい。


そのときだった。


――視えた。


「これかっ!」


身体の中心、まさに心臓のあたりから、一筋の光が走った。

それはゆっくりと手のほうへ伸びていく、まさに“流れ”そのもの。


「よしっ!これが……魔力……!見つけ――」


バタッ


意識が、プツンと途切れた。

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