トランスガーディアンズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

第一舞  謎と変化

 実家暮らしのしがない清掃員として、ボク、武下たけした重瑠えるは肩身の狭い生活をしている。しかも、よわい四十。特殊な悩みを持ってはいて、それが悩みではなくなればいいのにと思っている――けど、踏み切れない、その悩み自体が足かせになってしまっていて。

(どうすればいいんだろう。永久脱毛したいし、もっとお洒落な服を着たいのに。でもお金が。まだそんなに余裕無いもんなぁ……。よくなる素質はあると思えてはいるのに。そのためにお金が必要なのに、自分をそんなに受け入れられないことが稼ぐことのへい害……自分の声も嫌いだし)

 いつも心を殺して清掃。駅前の大きなデパートの清掃を終えたから、制服から着替えて家に帰る。その途中の道で、レトロな、見覚えの無いゲームソフトを拾った。

(何これ。見たことない。まあ知識があるワケじゃないけど。っていうか警察に届けないと)

 ただ、それが何なのか確かめたくはなっている。変なものだったら、それこそ警察に届けよう。

「ただいま~」

 と、一旦家に帰ってから、ネットで調べてみた。

「うーん。ヘルエンジェル・デッドセイントハンター・セカンド……タイトルはそうなってる。でもそんなの……無いよなあ、どこにも」

 やっぱり警察に届けるべきか。誰かが探してるって言ってるサイトも……あるかはわからないし。

(あれ? これパーティステイゾーン2のゲームなのか、パティステ2のハードはあるぞ)

 据え置き機、パーティステイゾーン2を引っ張り出し、ソフトを入れて起動してみた。ちょっと恐る恐るボタンを押しちゃったよ。

(最初は名前の入力を……うーん……武下たけした重瑠えるだし、エルにするか)

 決定ボタンを押すと、次の画面は、キャラメイクの画面だった。

(へえ……え、細かい)

 体全体の骨太さ、骨の長さ、つまりは骨格、頬や腹、太腿なんかの肉付き、肌質、血管の浮き出具合、髪の毛なんかの体毛の長さや量、虹彩の色、唇の太さ、耳や目蓋の大きさ、鼻の横幅や高さ、あごのライン、爪の形、本当に様々に設定できる。

(ほええ、何これ、こういうのすごく好き……ん?)

 設定し始めようとして一つボタンを押すと、それが切っ掛けなのか、その画面に、なぜか、

 という注意書きが出た。

 瞬間ゾクリとした。このゲーム、何――?

 でも、何かキャラを作り上げたい気分には、もうられてしまった。

(悪魔的魅力のゲームなんじゃない? これ。だってこんなに変化させられる項目が多いんだもん)

 似せるなよという忠告もあって、美しい女キャラを作り上げた。

(めっちゃ可愛くできたんじゃない!? えー、めっちゃ嬉しいんだけど! でもなんか、キャラを作るだけで疲れちゃったなぁ。もう寝よ)


 翌日、警察に届けに行った。勿論もちろんデータを保存なんてしていないし、あのキャラが誰かに見られたりはしない、だって、ハードやメモリーカードを届けたワケじゃないからね。

「――では持ち主が見付かったら連絡しますのでこちらの書類にも――」

 手続きがめちゃくちゃ面倒だった……。善意で届けて心がへい。でもまあ警察には届けたいんだけどさ。

(細かい仕事お疲れ様です!)


 日々、変わり映えしない時間が過ぎていく。またあんなコトが無いかなぁなんて、ちょっと思ってしまう。

 そしてある日、ボクは、見覚えのないで目が覚めた。

(……? お酒を飲んだワケでもないし……っていうか、ボクお酒飲まないし……え、ここどこ?)

 辺りにあるのは、モダンでシックな柱だとか、天がいだとか、豪華なカーテンで――どう見てもここは高級な部屋に見えた。

 自分が今寝ていたのは炭色の毛布が掛けられた布団の上だった。それはベッドに敷かれているけど、ボクの生活スタイルを知られているのか、ベッドは硬い。ベッドの上で和式な寝方をしていたワケだ。

「なんでこんな所に――」

 その声が自分から出たとは思えなかった。そのあとの「え!」の声も。

(ボク、女になってる!)

 声だけでわかってから、自分を見てみた。

 服は変わっていない。寝る時に来ていた黒Tシャツと水色ワイドなサマーパンツのまま。ただ、見慣れない山が二つある。

 それならと、探したい物ができた。

(鏡、鏡……)

 そこに、誰かが入って来た。というか、壁だとしか思えなかったすぐそこが扉だった。よく見たら肩辺りの高さに手で触れるプレートみたいな物があって、男性が今、それに触れた。すると「ピィン」という音が鳴ってすぐ、扉が閉まった。なるほど。そうやって入ったり出たり。

 入ってきたのは、その、五十代くらいの男性だった。

「お、起きたな。それにしても……そんな設定をするとはね」

 と、その男性が言った。そして男性が、ケータイ画面に鏡の機能でも持たせたようで、それをボクに向けたけど、それに映ったのは……なぜか、あの時に作ったキャラの姿。

(ど、どうして……)

「この姿、定着……?」

「変身してるんだ、戻ることができる。普段は戻っている方がいいかもな」

「いったい何が。だってあのゲームで設定を、こんな風に……」

「そのことだけど」男性は味方らしい。「お前はたまたまあのソフトを見ることができ、たまたま選ばれただけに過ぎない」

「え」

 意味が解らなかった。見ることができた? たまたま選ばれた? 意味が解らない。だって警察にも届けたし。――そもそもコレ誘拐じゃない?

「お前はあれを警察に届けたな?」

「あ、はい」

「あれは、お前がソフトを手にして認識し、設定を行なったことで、見える状態になった、だから警察に届けても『そこに何もありませんが?』とは言われなかった」

「は?」

「そして、こんな時のために一部の警察はこの組織の仲間さ」

「は?……あ、で、ここは? ボ……ていうか、アタシって言っていいですか?」

「え? ああ、いいよ。ああ、その、ナンだ、なるほどそういう望みが元々あったから」

「だって自分が可愛いのって安心するじゃないですか。あ、自分はそうなんです、いい服も着たいし~」アタシは指折り数えながら。「お化粧しなくてもある程度見れるとウン、頑張れる! って気がするし~、長い髪で色んな髪型してみたいし~、ボーイッシュな服も似合うんですよ? 可愛い人って」

「四十でボーイッシュって言うなよ……あ、ごめん、元は結構若く見えてたんだっけ? まあそれなら……ちょうどよかったな」

「ちょうどよかった? というか組織って? 変な所じゃないですよね、ここ」

「待て待て。順を追って説明してやるから」

 どうやら普通の誘拐じゃない。話を聞く必要がある。

 こちらが身を入れて聞く態度を見せると、彼は扉の方へ歩いた。またさっきの『ピィン』と鳴る装置を動かした。

 部屋を出て、広い空間スペースに。

「ここはひとつのビルだ」

 言われながら、廊下にめこまれた窓の前へと吸い込まれた。そこから外の町並みと青い空が見える。

(ひとつの組織として成り立っている? このビルが?)

 後ろを向くと、同じような扉がほかに幾つも。――個室?

「ちなみに、さっきた場所は、きみの部屋だからな」

「アタシの!? あそこが!?」

「そうだよ」

「ちょっと待って、実家暮らしだったんですけど」

「きみの親にはすでに連絡を付けてるよ、電話で」

「電話で? 電話だけでですか!? え、それは……何と言うか、うちの親チョロくないですか?」

「はは、そうだな。まあでも助かってるよ。全ての時間をうちの業務に割ける人材って少ないからね。ちなみに、きみはもうあの清掃業務をしなくていいから、クビだから」

「え! ひどくないですか」

「酷くない」

 一瞬、男性は真顔になった。

「きみの寝覚めまでもう少し掛かる可能性もあった。何日もだぞ。それを考えると、元々転職はすべきだったんだ、きみの元同僚に配慮したんだ、優しいだろ?」

 どうだ? という顔をされた。

「え、ええ? ま、まあ、それなら……」

 そうか、とは思った。じゃあこの人はやっぱり何かの善意のためにやっていて……。

「じゃあというか、この状況、何なんですか? なんでそんな、あのソフトを見ることができる人、それに、時間を割ける人? を、探してるなんて」

「この世には脅威がある」

 男性が、真剣な目をアタシに向けた。つい、ゴクリとのどを鳴らしてしまう。

 窓を背にしたアタシの前で、そこから入って来る昼の光に照らされた彼の口が、動く。

「犯罪者とかもまあそうなんだけど、そういうことじゃなくて」

「あ、そうなんですね」

 一旦寒気が引いてから、また真剣な眼差しを男性がこちらに向けた。そして。

「――この世には、とある脅威が存在する。その名は負魔ふま

「フマ? それってどういう」

「まだ話すから最後まで聞いてね」

「あ、はい」

「……人の負の念から生まれる存在。それが負魔ふまだ」

(人の負の念から……幽霊みたいな?)

「都市伝説でもないしよく解らないボヤけたもんでもない。実在する。多くの人から少しずつ集まってひとつの存在になることもある」

 そう言われて、またゴクリと喉が鳴った。

(あれ? でも、習った気もするな、そういう存在と、対する組織があるってことを、ぼんやりと。うーん? 忘れてたのか、チラっとしか授業で言われなかった気もするしな)

 とはいえ。あのソフトが見えたからって、なんで?

「きみには、その負魔ふまから人を守るための力の使い手になってもらう」

(守るための力……あ、そういう類のものだったのかなソフトも。そういうのをアタシに?)

「で、でも、どうやって」

 そんな時、右奥の階段から上がって来た誰か――別の男性、三十代くらいの人が、更に上へ行くのが見えた。……アタシの同僚、なのかな。

「まず、力を決める」

 目の前の男性の声のあとで、また、アタシの喉が鳴った。アタシ喉鳴らし過ぎじゃない? くせかな。

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