魔導機装の一般技工士
ニシローランドゴリラ
第1話
ここはフォンゼハイム王国にある【国立魔導機装専門養成学園】。
その敷地面積は約30平方km、生徒数も6千人を超えるという圧巻した数字。
何故それほどまでに人が集まるのかと言えば、この学園が魔導機装士を育成するための世界最大の教育機関だからに他ならない。
広大な敷地面積を有しているが故に可能な幾つもの広々とした演習場。
本格的な試合を行う事が出来る私設闘技場。
そんな戦いを癒すために存在する、衣類や飲食店はたまた温泉などのリラクゼーション施設が立ち並ぶ大通り。
実のある授業が受けられる校舎に機材、そして優秀な人材の数々。
魔導機装士を目指す者として、ここまで環境の整った学び舎は他に無く登竜門として多く知られている。
そんな栄えある学園の中で一人の男が【技工科B班】という名の倉庫で魔導機装の整備を行っていた…しかも女子生徒からの罵倒を浴びながら。
「早くしなさいよ!私達の自由時間が減るでしょ!」
「は、はい!すぐに終わりますので!」
少し離れた数名の女子生徒の視線から目を逸らしつつ、幾つものコンピューターを用い、様々な工具を使って整備を行っていく。
すぐにとは言っても魔導機装の整備は怠れば、その搭乗者の命に係わるので手を抜く訳にもいかず、先ほどの発言は口だけそう返したに過ぎない。
急かされる中なんとか整備を終え動作チェックも終了し、注文にあった右腕部のパーツの動作が遅れるという問題を解決しコンピューター画面の内一つが【update complete...】という表示が出た事でようやく作業が終わった。
「終わりました!」
「ふん!『戻りなさい』。」
この学園の軍服をモチーフにしたシックなデザインの制服が良く似合う貴族の女生徒が特定のキーワードを言うと魔導機装の各パーツが薄く輝く。
それらが集合し一纏まりになると段々と四角形の光へと変化しながら小さくなっていき、やがて石ころサイズのキューブ状の光になった後に持ち主の女子生徒の指輪についている空のカプセルに吸い込まれた。
「今度からはもっと早くメンテナンスして頂戴!」
「頑張ります!」
他の取り巻きの女子達にも見下されながら姿勢を正して見送り、彼女達の後ろ姿が倉庫から姿を消すとようやく一息つく事が出来た。
技工科用の魔装兵科と比べたら地味なデザインの制服の上から着ている汚れないための厚手のエプロンを仰いで風を顔に送りながら椅子の背にもたれかかる。
「ふ~。」
「おっす、お疲れ。クシェル。」
男に声をかけてたのはここの技工科B班の班長でこの学園4年生のフレグス・エント。筋トレが趣味でガタイが非常に良い。そしてクシェルというのは先ほどまで作業していた男の名前で本名はクシェル・カーティアと言う。
「お疲れさまですエント先輩。」
「しっかし1年だってのに貴族様は相変わらず偉そうだなぁ、技工科の生徒を小間使いか何かだとしか思っちゃいねぇ。俺はもう慣れてるけどお前も気にすんなよ?」「大丈夫ですよ、貴族なんてそんなもんです。寧ろこの油臭い場所まで入学早々足を運んで調整をお願いするなんて向上心があって良いじゃないですか。」
「お前良い奴だなぁ…それにその言い草。貴族に知り合いでもいるのか?」
「まぁ一応、一人だけ。と言っても今は疎遠ですけどね。」
クシェルが先輩と話していると遠くから「1年のお客さん来たぞ~!」という別の先輩の大声が聞こえてきた。
「お、また仕事か。気張れよ!」
「覚悟は出来てましたから大丈夫ですよ!」
今日は魔装士科の1年生の入学する日。
クシェルの場合、技工科は仕事に慣れるために3か月早く入学するのだが、その理由は基本的に魔導機装の調整や改造は一番付き合いが長くなる同学年が担当するしきたりがあるため入学式というこの日は特に忙しくなるためだった。
他にも班があるとはいえ、今日でもう5度目のお客。
かなり精神的にも疲労が隠せなくなってきたが、まだまだ太陽は登ったままなので気合を入れ直す。
「1年の方こちらへどうぞ~!」
「あっはい!」
パタパタと可愛らしい走る音が聞こえたかと思いきや、またもや女子生徒。
しかし先ほどの生徒と違うのは一人という事と【一般階級】の生徒である事だ。
魔装士科は貴族階級も一般階級も合同で授業や訓練を受ける必要があるのだが、胸元のバッジが金色か銀色かで区別されている。ちなみに一般階級が銀色だ。
これは本来一般階級の生徒が下手に貴族階級の生徒と揉めないように配慮した措置だったのだが、今では差別を助長する要因になってしまっている。
あまり戦いに縁が無さそうな清楚な子だが、すぐにそんな偏見を捨てて仕事モードに入る。
「あのっ、えっと、初めまして!アンニェーゼって言います。」
「ご丁寧にどうも。今回担当するクシェルです。それでどうされますか?」
「…どう?」
「…取り合えず魔導機装を見せて頂けますか?」
「わ、分かりました!」
あまり手慣れてそうでは無かったためクシェルが先導して魔導機装の調整が始まる。
「『出て来て、【アロゥズ】』」
アンニェーゼが魔導機装を呼び出すキーワードを発言すると、首飾りが光りみるみる内にその光がアンニェーゼの四肢と背中、頭部を包み込んだ。
そうして両腕と両足、背中と頭部の計6か所の青色の武装パーツが装着されると、せっせと脱ぎ始める。
この時決してその姿を見てはならない。何故なら脱ぐ時にスカートの奥が見えてしまうからだ。
「よろしくお願いします!」
その声が聞こえてきてクシェルは逸らしていた顔を戻すと横たわった魔導機装の各パーツが地面の上に置かれていた。
魔導機装は両腕に装着する【アームパーツ】と両脚に装着する【レッグパーツ】。OSが搭載された背中に装着する【OSパック】と頭部の【ヘッドギア】というパーツに分けられている。
このそれぞれを使用者の身体能力や要望に合わせて調整していくのが技工科としての仕事になる。
(見た所、市販品の初期設定そのままだな…。)
【アロゥズ】というのは市販の魔導機装であり量産型の一つ。
というよりも、よっぽどお金を持っている人でなければ固有の機体なんて持てないため、市販品を少しずつ自分用に調整していくのが現在の流行になっている。
しかし目の前の機体には調整の痕跡は見られず、使用感も無い。新品同然だ。
「【アロゥズ】という事はやっぱり使用武器は弓ですか。」
「はい…剣とか持って戦うのは怖いので…。」
【アロゥズ】は弓を扱う事に特化した軽量型の量産機のため、前線で戦うタイプと比べると調整の幅は少なくて済むが何もしないのでは技工科の名折れだ。
「ひとまず体のサイズに合わせてそこから…」
「おい!ようやく見つけたぞクシェル!」
突然倉庫に大きな声が響く。
聞き覚えがあるクシェルは顔を上げそこに顔を向けると、昔馴染みの生徒が怒りの表情で見ていた。
他の先輩が止めようとするのも強引に払いのけるその生徒の胸には金色のバッジが付いていた。
それを見た客だったアンニェーゼという少女はすぐに身を引き、息を潜めてその場をやり過ごそうとする。
「ラル…。」
「どうやら俺の顔は忘れてないみたいだなぁ?安心したぜ。」
クシェルが憂う顔でラルと呼んだ生徒はラルエド・フェンゼン。
子爵に当たるクシェルの故郷の領主の息子である。
「どういう事だよ何でお前がここにいるんだよ!」
「何でって。…想像つくだろ?」
ラルエドは大股で歩きクシェルの目の前に立つと怒りに満ちた声色で問いかけたが、その返答から瞬時に悲しげな表情に切り替わった。
「なんで…一言相談しなかった。一緒に魔導機装士を目指す約束はどうなった!」
「落ち着けって。お前と違って俺には夢物語だっただけだ。こうしてこの学園に通えるだけでも有難いよ。」
そんな事を言いながら目を逸らすクシェルにラルエドは再度イラつきを見せた。
「なんだよそれ!お前昔はそんなんじゃなかっただろ…っ。」
「大人になれよ、な?」
光を失ったクシェルの目を見て言い表せぬ感情が沸き上がり、ラルエドもまた表情が消え失せてしまった。
「あぁ、そうかよっ!……邪魔したな。」
ラルエドは最後にクシェルを怒りのままに突き飛ばすと、脇目にいたアンニェーゼに一言声をかけてから早足で倉庫から出て行ってしまった。
「いてて。」
「だ、大丈夫ですか?」
「このぐらいは問題無いです。続けましょう。」
様子を見守っていた先輩達も何事も無く騒ぎが終わった事に安堵して各々自分の作業に戻る。
クシェルの方も突き飛ばされたとはいえ、尻もちをついた程度のためアンニェーゼが心配するほどの問題は無い。
「えっと…今回は出来るだけ身体にフィットするように調整して…後は高さとかも調整しましょうか。装着お願いします。」
「はい…『アロゥズ装着』!」
アンニェーゼがキーワードを発すると今度は光に包まれるのではなく横に並べられていた魔導機装の各パーツが独りでに動き、アンニェーゼは両手を横に突き出したまま立っているだけで勝手に装着されていく。
アームパーツは腕を通し、指先が奥まで達すると自動で外れないように複雑な構造でロックがかかる。
レッグパーツは片面が開くとスライドして脚に装着されると身体を自動的に浮かせて靴の部分までしっかりと装着される。そして開いていた箇所が閉じて幾重にもロックがかけられた。
背中に装着されるOSパックはそのまま背中に張り付くようにフィットし、ヘッドギアも上から被るように装着された。
最初に見た光は【魔粒子】と呼ばれる情報集合体で見た目はただの光の結晶体にしか見えないが、あの小さなサイズで魔導機装の全てが詰まっている。
ただその代わりに魔導機装を実体から魔粒子化にする工程で、いくら近年の研究によって効率化が進んでいるとはいえそれなりの魔力を使う事に代わりは無い。
魔導機装は着用者の魔力を動力源として動いている。
そのため何度も魔粒子化をすればすぐに魔力が枯渇し魔導機装が動かなくなるという事態が起こり得るため多用する事は出来ない。
そこで使われるのが先ほどの自動装着機能になる。
自動装着機能も魔力は使うが魔粒子化の工程を挟まないため少量の魔力で済む。そのため何度も着脱する状況であればこちらの機能が優先される。
「どうですか。身体に合ってない箇所とか。」
「そうですね…全体的にぶかぶかと言うか…。」
「ん~、じゃあOSパックの方から調整した方が早いか。」
クシェルがそう言うとコンピューターに接続されている一つの端子を引っ張って、アンニェーゼの背中にあるOSパックへと差し込んだ。
初めての体験なのかアンニェーゼの表情は緊張で強張る。
「気持ちを楽に。痛みとか無いので。」
「はいっ!」
リラックスさせるために声をかけたのに一層、身体が硬くなったので何も言わない方がいいだろうと調整を進める。
コンピューターに数字を入力し、柔らかい板金を使ってちゃんと隙間が埋まっているのかを確認。
ある程度定まった所で今度は腕や足のラインに出来る限り沿うように調整を施していく。
…約30分後。あらかたの調整が終わった。
「今度はどうですか。指先とか手首とか、ちゃんと密着してますか。」
「わぁ…っ!凄いです!さっきまでと大違い!思うように動きます!」
アンニェーゼは興奮した様子で大きく手を振ってみたりニギニギしたり、足を振って体感の違いを確認する。
こうも喜んで貰えるとは調整した甲斐があったとクシェルも笑みを零した。
「良かったです。ただ中には遊びがある方が戦いやすい人もいるので、また調整したくなったら言ってください。」
「ありがとうございます助かりました!ここだと無料で調整出来るので節約のために…。」
わざわざ言わなくても良い事を照れながら言うアンニェーゼ。
店で頼もうとすればお金がかかるため、多くの一般生徒が入学祝に魔導機装を親から買って貰い技工科で調整をして貰おうとするので恥ずかしい話ではない。
「そんな。こっちも学校側からお金を貰ってやってるんで、頑張ってくださいね!」
「…ッ!ハイ!『戻って』。」
アンニェーゼは着ている魔導機装を魔粒子化させ、専用のカプセルがついた首飾りに吸い込まれていく。
空だった時とは違い、それはまるで青い宝石のように輝いていた。
「その~。」
「ん?」
まだその場に立って真面目な顔をするアンニェーゼに、他にもまだ何かあるのかとクシェルは耳を傾ける。
「さっきの貴族の人と…何かあったんですか?」
「あ~~~……、別に隠すような事でも無いんですけど、後ろを見て貰えれば分かるんですが他にもお客がいまして世間話でしたらまた時間のある時でいいですか?」
「あっ!」
アンニェーゼは何かお返しになればと思って聞いてみたが、後ろを見れば10人はいるであろう生徒達の列。
自分が迷惑をかけている事に気付いて顔を赤くしてしまった。
「すみませんでした~!」
(恥ずかしい~!)と照れて熱くなった顔を両手で冷ましながら倉庫から出て行ったアンニェーゼに対してクシェルは(変な子がいたもんだなぁ。)と思った。
そもかく早く次の生徒を入れないと時間が足りないためすぐに思考を切り替える。
「次、お願いします!」
「はいよ~。」
先輩がクシェルの言葉を聞いて次に並んでいた生徒を倉庫の中へと迎え入れる。
そうして1日中魔導機装を弄って今日の学校生活が終了した。
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