第3話 時間切れ、はい次!

 ……くっ、何で俺がびびってると思ってんだ?


 慈愛の眼差しと接触なんてされても、ちっとも嬉しい気持ちになるわけがない。


「よ、よせっ!」


 少しムカついた俺は迂闊にも彼女の手を払いのけてしまった。


がよしみの答え?」

「えっ」

「それが目当てじゃないなら、次。次に……」


 もしや俺の理性を試してた?


 理性も何も、年齢次第じゃ逮捕案件だろうしな。この子がもし高校生くらいなら大変な事態になってしまう。

 

 一応訊いておくか。


「鈴乃木さんは、こ、高校生……?」

「は? そんなわけ――あぁ、か。違うって言えば覆いかぶさる?」


 ……それも微妙なところだな。本人がそう言っても後からいくらでも修正出来るし。俺が不利なことに変わりない。


「今日の仕事内容は美少女コンテストにいた子を隠すこと。違った?」

「……そうだけど。つまらない人って言われない?」

「言われないけど自分ではそう思ってるかな」


 コンテストイベントのミッションっぽいが、毎回試して引っ掛かりそうな男を逮捕させる求人か?


「はぁ~あ……」


 しかし、俺の意気地なしの回答は正解だったようで、彼女はすっかりしらけてあくびをしている。


 沈黙が数分ほど続いたところで、俺のスマホには『お仕事完了』を知らせる通知音が鳴った。


「はい、お疲れ。次だね、次!」

「……というと?」

「そのままの意味。じゃあね、よしみ」

「え、あっ」


 直前まで無防備に寝転がっていた彼女だったが、立ち上がってすぐに部屋のドアを開けてそのままいなくなった。


 追いかける必要なんてもちろんなかったが、念のためドアを開けて外の様子を確かめると、道路にいたのは場違いな高級車が停車していて俺が見たと同時に発進していった。


 マジで危ないところだったんじゃ?


 だけど求人アプリの方は仕事完了になっているうえ、振込通知まで届いている。噂に聞くような危ない感じではなさそう。


 しかも次の募集が更新されている。


「何だったんだ……ドッキリか?」

「ドッキリしちゃった?」

「……う、うわっ!?」


 外に顔を出していた俺に声をかけてきたのは、お兄さんだった。思わず驚いてしまったが、お兄さんは怒ることなく笑顔を見せた。


「あっ、い、いえ、すみません」

「それで、どうだったの~? 一つになれた?」

「いえ……何もなかったですよ」

「あらま。いきなりは難しいものね。あ、良かったらこれ食べて!」


 ……いったい何を知っているというのか。しかし俺に手料理らしきものを食べさせてくれる人だし、悪い人じゃないのは確かだ。


「元気出してね、よしみくん! 次があるんだから」

「そ、そうですね」


 次はすでに案内がきてるんだよな。それも同じところから。


 そもそも本当に美少女コンテストが開催されてるかどうかも怪しいからな。俺が現場に着いた時点で彼女が入り口付近にいたわけだし、こんなことで収入を得られるのも妙な話だ。


 隣のお兄さんから頂いた料理を食べながら求人を流し見していると、突然着信音が鳴った。


 それもほぼかけてくることがない求人会社からだ。


「ええと、日比野……ですけど」

「おめでとうございます! 日比野さまは次回参加の権利が与えられました。今回と同じ求人につきましては、日比野さまから応募する必要はございません。日時を確認して現地へ向かってください」

「えっ、それってどういう――」


 俺が聞こうとしたところで容赦なく電話は切られていた。


 これはやっちまった案件か?


 次回確定というか強制案件だろ。あの美少女に手を出さなかった俺なのに、安全安心の男として認められたってやつか?


 もしくは手を出していたら全てを失っていた――ありうるな。


 しかしまぁ、気にしてもどうしようもないし寝よ寝よ。


 数日経って、俺はアプリに指定されたコンテスト会場に足を運んだ。といっても、最初に来た場所と変わっていなく、迷うことなく到着出来た。


 前回と違うといえば俺以外にも参加者がいることだ。いや、以前は入り口付近で逃げたから以前もいたのかもしれないが。


 参加者は女性が二名に男性が一名、俺を含めて四人のようだ。


 彼女らもふるいにかけられたのか?


 俺が気にして見ていると、向こうから近づいてきた。三人とも上下とも黒で固めた服装で同じに見えるが、他人だよな?


「こんにちは! あなたがなんですか?」

「え?」

「私たちも同じなので、警戒しなくていいですよ」

「そうそう。最高峰の美少女コンテストでバイトなんてそう簡単に出来ないからな。気楽にやればいいんじゃね?」


 随分と慣れた奴らだな。俺には関係ないし仲間っぽくなるつもりもないが。


「ちなみに前回は何をしたんです?」


 とはいえ、前回のことを知っておかねば。俺だけがあの美少女と――だったのかを。


「前回は搬入搬出だったな。なぁ?」

「うんうん、そうでした」

「大変だったね!」


 俺だけ別件かよ。嘘を言ってるでもなさそうだしどうでもいいが。


「で、今日は何を?」

「レイナがようやく出るみたいなので、見張……見守るだけです」


 レイナ――やはり実在する美少女で間違いないのか。何気に変なこと言いかけたな。もしかして逃げる常習犯か。


「他の参加者はすでに控室にいるのに、レイナっていつも遅くて……一緒にちょっと探しませんか?」

「その、レイナって人は逃げ……隠れる癖が?」

「そうですね。いつもそうです」


 何だかミステリーっぽい案件に思えるんだが、この人たちも俺と同じ選ばれたバイトのはずだし、疑っても仕方ない。


 ――ってことで、手分けしてだだっ広い会場をくまなく歩きまわろうとする前にトイレに寄ってみたが……。


「……また来たね、よしみ」


 男子トイレの前なのに、彼女はそこにいた。


「実は男だったとか?」


 もちろんそんなわけないけど。


「あ、触って確かめてみる?」


 そう言って彼女は二つの膨らみを前面に出して、俺にそうさせようとしてくる。だがそうはいくか。


 いくら周りが段ボール箱だらけで人の気配もないとはいえ、大声で叫ばれたらアウトだ。またそれを平気でしてそうな子だからな。


「結構です。それで、今回の目的は? 俺以外にも参加者がいるようですが」

「……ち」


 俺の言葉に彼女から聞こえたのは舌打ちだった。見た目は完ぺきでハイスペックそうに見える美少女なのに、性格はアレか。


「よしみにお願い。聞く?」

「それが仕事なら聞きますよ」


 マジで試されてる?


「……相手が女性でも逆らえる? そして強い?」

「いえ、最弱です。運動神経は走るだけですよ。それが何か?」

「外に出て欲しい。外に出たら二人の女性が絶対追いかけてくる。その時、わたしを抱っこしたまま走って逃げて欲しい。出来る?」


 まるで逃走ゲームだな。


 何で逃げようとしてるのか分からないが、美少女コンテストに出たら何か問題でも起きるのか。


「やりますよ」

「抱っこした時、うっかりお尻を撫でまわしても叫ばないから安心して?」


 いや、真面目に恐ろしいんだが。


「じゃ、こっち。わたしを連れだして」

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