翻訳家エルフ、魔王都を追放されたので田舎でカフェ開いたら、言葉が通じない魔物たちに囲まれました
ケチュ
追放されたので未開拓の森でカフェを開きます
「リュアル=リリヴィス=ナリアル、これをもって貴公に——魔王都からの永久追放を命ずる」
——魔王、本人直々の言葉だ。
「あ、そう? じゃあ今すぐにでも出ていくけど、本当にいいの?」
軽い調子でそう返すと王座の間が一瞬、凍り付く。
今更気にすることはない。魔王は本気だ。
何を言おうと魔王の意志はもう変わらないのは既に理解している。
百五十年もの間、異種族間の会議や外交、戦争回避の交渉まで関わってきたこの私を——万語の乙女なんて呼ばれた私を、こんなあっさりと切るとはね。
理由は分かり切っている。
「今どき、翻訳なんぞ非効率。全種族共通の言語を使うべきだ。個人の意思ではなく国民の総意のものだ。反対は許さない——たとえ万語の乙女であっても」
「言葉ってのは“通じればいい”だけじゃないの。文化や歴史、全部ひっくるめて“言葉”なのよ」
そう言ってやったのに魔王はただ失笑しただけだった。
「……まあでも、スピードの方が大事ってのも時代なのかもな」
おっけー。おっけー。
それなら邪魔者はさっさと荷造りして出て行くから。
それから数日後——。
私はもう王都の片隅で通訳などしていなかった。
代わりにいたのは魔王都から南に千キロ、誰も寄り付かない未開拓の森の奥深く。
何か考えがあってきたわけではない。
空気に飲まれてつい強気にああは言ったものの、実はちょっとばかり不貞腐れていて出来るだけ遠くに行きたい気分だった。
気が付けばこんな遠くまで来てしまっていた……。
(さてと、じゃあ何をしようか?)
先ほども言った通りここら一帯は未開拓の地だ。
住処もなければ食べ物を用意してくれる者もいない。
しかし逆に考えればルールの定まっていない一番自由な地でもある。
ともなればまず最初にするべきことは——食料調達である。
森の中をひとしきり見回ってみたところ、どうやら空腹には困らなさそうだった。
整った環境にしか生えない万能果実『ドラゴの実』を見つけた。病気の疑いがあればこれを食べろ、なんて言われる優秀な果実だ。これがあればここら辺には生き物がちゃんと生息しているはず。
さらに探索をしていると川の流れの音を仄かに耳にする。音の方角にしばらく歩いていくと立派な川が見えてきた。傍らをなぞるように歩きよく観察してみると大きな魚影もいくつか見つかる。
試しに水流を操るとあっという間に私の腕では持ちきれないくらい立派な魔魚が三匹も手に入った。
どうやらこの地は未開拓なだけあって物凄く自然が豊か。エルフ一人が生きていくにはあまりにも十分すぎる。
それさえわかればすることは至ってシンプル。
(宿を作る!)
いくらエルフだからと言って木々をなぎ倒せるほどの腕力はない。
だから使える物は全て使って贅沢に行く。
木の葉。魚のうろこ。水。石。
魔法で風を操りそれらを振り回し木々にぶつけていく。
しかし……
(駄目だ。びくともしない)
木が手に入らないとなれば少々厄介なことになる。
私の知識ではクラフトの基本は木なのだ。代わりになるような物など知らない。
だからそれの確保は絶対条件なのだが……む?
私は樹木の表面をジッと見つめる。
(魔力を仄かに帯びている……?)
直に触ってみて理解する。
まるで表面をコーティングするかのように魔力を纏って強度を倍以上に高めている。だからいくら石や水をぶつけても効果がなかったのだ。
本来木々は魔力を纏っておらず、建築してから魔力を与え建物の強度を高めるのが王都での常識だ。
二百年も生きているのにまだ知らないことを見つけた。
なんだか久しぶりに快感だ。
原理が分かれば後は攻略していくだけ。
王都では建物を壊す時、纏っている魔力を再利用して炎を出して燃やしたり爆発させたりしている。
だからそれを利用して——
纏う魔力を浮遊力に変化させる。
あとは地面を先ほどの道具でえぐれば……。
大木ゲット!
同じ要領で必要な分だけ手に入れる。
初めから魔力を帯びているおかげで逆に持ち運びが楽だ。
が、途中で大事なことを忘れていることい気づいた。
(あ、まず立地じゃん立地!)
どこに建てるかも考えずに住処の材料集めとは。
いくら長寿だからってボケてきたのかな? まあ流石にそれはないか、私若いし。
大木を浮かし運びながらしばらく歩き回るもこれと言って気に入った場所は見つからない。
どこに立てればいいのかも分からないし、ぶっちゃけどこもかしこも草や木ばかりで最適な場所が分からない。
ならばいっそのこと適当でいいか——
そんなこんなで私の住処はほどよく川に近く、ほどよく開けた地……大木を手に入れた場所に決定した。
場所さえ決まれば建築は簡単だ。
以前、建築魔法を教えてもらっていたからそれを使えばすぐに出来る。著作権とか色々と面倒な決まりがあったけどそれは王都での話。ここは無法地帯だからセーフ。
そうして私は建築魔法——レシピの材料さえ手に入れれば魔力を消費するだけで目的の建物を作り出す画期的な魔法——を使い、およそ二十分程度の時間で住処が完成した。
が——
「ありゃありゃ……なんか思っていたのと違う」
私はお洒落で小さくまとまったコンパクトな一軒家を想像していたのだが、どうも出来上がった建物は以外にも大きい。確かにお洒落ではあるが住処という雰囲気ではない。
一軒家というよりはカフェ。
お洒落な字体で《ことのは亭》と書かれた看板もあるし、内装も見栄えのいいカウンター席からテーブル席、そして調理部屋もすぐ傍に倉庫もあったり。
作り直そうかと思ったがわざわざ壊すのも嫌だったのでこれはこれでいいと納得することにした。
(そうだ!)
せっかくカフェが出来たのだから、実際にメニューでも考えてみるのも面白そう。
昔アルバイトしていた時に叩き込まれたグルメ魔法を試すいい機会かも。
私は改めて外からカフェを眺めて一息つく。
「今日からここで新しい日常が始めるってわけか」
白銀の髪を三つ編みに結び、残りは横にまとめる。
「よーしまずは料理頑張るぞー」
そう決心した直後だった。
茂みの中から音が聞こえ、振り向いた瞬間——
「にゃにゃ⁈」
その声の主は、魔人だった。
猫のような耳を生やしウェーブ感のある灰色の髪を無造作に靡かせて、大きな胸と魅惑的な尻尾を揺らした吊り目をした背の高い獣人の少女。
どういうわけか彼女は随分と疲弊して見える。
——しかし私は既に彼女がなぜ疲弊しているのかを理解していた。
それは、本人がそう言っていたからだ。
「にゃにゃ⁈(お腹空いた……!)」
なんで分かるのって? これでも私は元・魔王都の翻訳魔法使いだし。
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