第3話   複製って何ですか?①


「ほっ!」

 カキーン、と金属音がケージ内に響く。


「うりゃ!」

 再び金属音が鳴る。

 弾き返された軟式ボールがヴァーチャルピッチャーを映している画面に当たった。



「よし、ダルビッシュのカーブを攻略」


 スーツ姿の有希は得意げに微笑むとフォロースルーの構えを解く。

 反対側のバッターボックスにいた中原なかはら芽衣めいがぱちぱちと手を叩いた。


「すごーい。さすが元野球部」

「小中高やってたからね。百三〇キロのストレートとカーブくらいなら余裕で打てるよ」

「でもこんな所にいないで、ちゃんと店にいてほしかったんだけど」


 芽衣がドアの外を見やる。いつの間にか集まっていた観客がそそくさと立ち去って行った。



「私がここにいるってよくわかったね」

「指定されたご飯屋さんに行ったら有希がいなくてさ。それで店の隣にバッティングセンターにあるわけ。ああ、絶対ここだなと思ったら案の定誰かさんがバット振り回してんの」

「名推理だね。ミルキィホームズみたい」

「美少年探偵団の方が好きかな。あと、謝れ」

「めんご」


 内角低めに百四十キロの直球が飛んできた。有希は肘をたたんでバットを鋭く振る。打ち返したボールが外野ネットを揺らした。


「漫画編集ってスーツ着るんだ」

「今日はデザイン会社で打ち合わせがあったけど、普段は私服だよ」

「私服うらやましいな」


 芽衣はスカートタイプのカジュアルスーツを着ていた。芽衣は大学の同期で卒業後はNPO法人に就職した。大学時代に見慣れた派手な色の長髪はダークブラウンに染色され、細部まで装飾を施されていたネイルも今や薄いワンカラ―で統一されている。法人の中でも社会的立場が厳格だから身だしなみの指定もあるのだろうか。そんなことを考えながら有希はダルビッシュのカーブをレフト方向に流し打ちした。


「でも社会に貢献できる良い仕事じゃん」

「基本はボランティアやプロボノを募って企業とユーザーをマッチングするだけだよ。イベントがあるときは忙しいけど。有希の方がエンタメという観点で社会貢献してるんじゃないかな」

「漫画ノベルづくりが社会貢献ねえ」

「人に誇れる仕事だよ。有希の担当作品ちゃんと読んでるから」

「ありがとね」


毎日業務に追われている自分が社会貢献しているとかそんなこと考えたこともなかった。



「仕事大変? 職場に嫌な奴とかいる?」

「そんな人はいないよ。でも仕事は超大変。休みの日でも取引先や作家さんとやりとりするから若干ブラック」

「うわー……週七仕事とか絶対無理」

「芽衣も働きながら休みの日に同人描いてるよね」

「私は趣味だから。趣味に責任は伴わないので」


 ファンへの責務があるのではと思ったけど、商業作家と同じ義務を芽衣に負わせたくなかったので口には出さない。


「そういえば先週さ、著作権侵害で仕事辞めるかもとか言ってたけど、あれどうなったの?」

「無事解決。あの時ほんと生きた心地しなかったけど、もうあんなこと二度と起きません!」

「願いがバリバリこもってる」


 芽衣は楽しそうに笑う。笑い上戸なのは学生のときから変わってない。



 ふいに有希の鞄の中から携帯電話の着信音が鳴った。


「会社からかな。今日は外回り終わったら帰っていって言われたのに」

「えー……じゃあご飯食べられないじゃん」


 芽衣は愚痴を言いつつ、有希の鞄から取り出した携帯電話を軽く投げた。


「センキュ」

 有希はキャッチした携帯電話のディスプレイを確認する。


「会社?」

「いや……作家さん」


 連載を担当している作家からの着信だった。

 嫌な予感がするも通話開始。簡単な挨拶を交わす。そのあと困った様子で話す女性作家。そして一つのワードが有希の全身を一瞬で強張らせた。



「……トレス⁉」

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