第7話 ちり鍋

 大海はテトを連れて一階の厨房までやってきた。食堂はまだ後片付けの最中で料理人やホール係が忙しそうに動き回っている。


「お。来たね。かまどはもう空いてるから好きに使ってくれていいよ。鍋や食材、酒が必要なら、娘に言ってくれ」


「ミラだよ。よろしくね。なんでも言って」


 そう言って大海の前でお辞儀した少女は、十四、五歳に見える。ボブカットに近い短めの赤い髪と、くりくりとした目が活発な感じだ。口ぶりからして、料理人の娘さんなんだろう。


 大海の常識からすれば働くにはまだ若い気もする。だけど、日本でも太平洋戦争前後あたりまでは、一二歳とかで奉公に出ることも珍しくはなかったらしい。この世界なら普通なのかもしれない。


「じゃあ、まず野菜何が残ってるか見せてもらえる? ついでに調味料も見たいんだけど」


 大海はまずどんな野菜が残っているのか見せてもらうことにした。ネギがあればいいなと思っていたのだけど、さすがに長ネギはなかった。かわりに玉ねぎはあったから、葉っぱの部分を分けてもらうことにした。ついでに白菜代わりのキャベツを少し。以外な発見としては、米が置かれていたことだった。確認してみたらなんと中粒種だった。近い内に分けてもらって食べてみようと思う。


「玉ねぎの葉っぱなんて食べる人始めてみたよ」


「俺の故郷ではこの葉っぱの部分だけの野菜があってな。代用だよ。酒と調味料はなにがある?」


「見てもらったほうが早いよ。こっち」


 ミラに連れられて大海は酒と調味料を確認する。予想通り日本酒はなかったけど、ワインはなかなか良さそうだった。調味料は市場で見かけたものと変わりなく、残念ながら昆布はなかった。出汁類が無い以上は作れる鍋は限られる。


「ちり鍋にするか」


「チリナベ? なにそれ」


「白ワインビネガーをほんの少しと白ワインをとりあえず一杯もらえるかな?」


「お兄さん魚料理を作るつもりなの?」


「そうだよ。さすがに食堂で働いているだけのことはあるな」


 料理に合うワインの選び方は簡単で、メインとなる食材の身の色に合わせるのが良いらしい。牛肉なんかは赤身だから赤ワイン。魚や鳥は白身だから白ワイン。まあ大海も聞きかじった知識だから本当に正しいのかは知らないけど、今まで外したことはない。


「でも魚なんてどこにも居ないじゃない?」


「ここに居るよ」


 大海が収納魔法からアカハタを取り出すと、ミラはかなりびっくりした表情で「収納魔法⁈」と呟いた。意外と珍しいスキルなのかもしれないな。


「じゃあ、魚の下処理をしたいから流し台とまな板と包丁を貸してもらえるかな? それと鍋と取り皿もほしい」


「はいな。今のところ銅貨五枚分だよ。食器洗ったりする私の手間賃も入ってるから、高いっていわないでよね」


「言わない、言わない」


 大海はアカハタのエラと内蔵をとり、鱗をすき引きして剥いでいく。四〇センチ以上あるから普通に鱗をかきとるよりもこちらがいい。それに鱗の掃除の手間も少ない。鱗を取りおえたアカハタを三枚におろして一口サイズに切り分けていく。身はぷりっぷりで包丁に脂がべっとり付いてきて最高のアカハタだ。刺し身も美味そうだけど、この世界の寄生虫や病原菌情報が分からないから泣く泣く諦める。


 テトが魚をみて「なうなう」と興奮している。子猫サイズなのに精霊だからか、まだまだ食べるつもりらしい。それに野菜も切って、材料を皿に乗せると準備完了だ。


 鍋を借りて水を張る。手鍋も借りて、ワインビネガーと醤油、ワインでポン酢的なナニカも作る。みりんと米酢があれば完璧だったんだけどな。


「それ何作ってるの? それがチリナベ?」


「いやこれはポン酢だよ」


「ポン?」


「まあ見てて。じゃあテーブルの方へ行こうか」


 フォークとスプーン、鍋敷きを借りてテーブルへと移動する。箸を作るのを忘れてたよ。鍋敷きの上に置いた水とアラの入った鍋を錬金術で加熱する。ほんの数秒で鍋はグツグツと煮え始めた。


「なにしたの⁈ 急にお湯が沸いた」


「錬金術で沸かしたんだよ。ここに野菜と魚を入れてっと」


 火が通り過ぎると美味しくなくなるから、少しづつ投入するのが鍋を美味しく食べるコツだ。


 大海はアカハタの身に火が通り過ぎないように注意してお湯から上げる。ポン酢につけて一口でいく。熱さにハフハフしてしまうが、これがうまい。熱々の口の中を冷やすようにワインを一口呑む。生きてるって実感するね。


「にゃーん……」


「すまんすまん。テトにも分けるよ」


 おなじように注意して火を通した魚を、大海は冷ますためにふうふうと息を吹きかける。待ちきれなかったのか、まだ冷めきって居ないのにテトはパンチでアカハタの身を奪っていった。まだ熱いからだろう、テトはハッハッと言いながら必死でアカハタを食べている。大丈夫そうだから次からは普通に食べさせるとしよう。


 身を一切れ食べて、ワインを呑む。野菜を少し食べて、テトに身を一切れ茹でてやる。大海は至高の時間を過ごしていく。隣りに座って大海の様子を見ていたミラが口を開いた。


「ねえ、そのチリナベ? そんなに美味しいの?」


「どうせ一人では食べ切れないから食べてみる?」


「良いの? 食べたい!」


 大海はミラに鍋のコツを教えていく。ミラは大海に教わったとおりアカハタの身をお湯に投入していく。


「そろそろ良いぞ。煮すぎると美味しくなくなるからな」


「え? もういいの?」


「じゃあこのポン酢に付けて食べてみ」


「うん」


 ミラは恐る恐るといった風で、ポン酢にアカハタの切り身をつけて口へと運ぶ。醤油とか珍しかったぽいし、食べたこと無いのが普通だろう。


「なにこれ! 水で軽く煮ただけなのになんでこんなに美味しいの⁈ このタレも美味しい!」


「だろ? どんどん食べてくれ」


 大海はミラと鍋をつついていく。ワインが三杯目に入った所で、厨房の後片付けが終わったのか料理人が出てきた。料理人は大海と一緒に鍋をつついているミラを見つけたのだろう、テーブルへとやってきた。


「なんでミラまで一緒に食べてるんだ?」


「父さん。このチリナベ見たことなかったからさ。食べさせてもらったら、これがもう美味しくて! 止まらなくなっちゃんだんだよ」


「へえ。旦那、一口いただいても?」


「ああ、構わないぞ」


 一口と言っていた料理人だけど、気に入ったらしくミラに白ワインを持ってこさせて飲み始めた。そのあと大海と料理人とミラ、そしてテトと全員で心ゆくまで鍋を楽しむことになった。


 翌朝、飲みすぎた大海は頭痛に悩まされることになるのだった。

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