第29話 君の声が、命令じゃなくても

午後3時。

大学の研究室に戻った結人は、ひとり作業に没頭していた。


デスクの上には、タブレット端末とノートPC。

そして、開発途中の「パートナーAI」用小型スピーカー。


(結人:……“心”を持つAIが、本当に可能なのか?)


彼の目の前には、8つの機能を持つAIツールが並んでいた。

予定管理、健康管理、通話補助、感情分析、セキュリティ、防犯支援、リマインダー、そして――記憶整理。


それぞれが単体でも高性能。

だが、結人の狙いは違った。


「こいつらを“融合”させて、人格を持たせる。人に、なる」


AIはただの道具じゃない。

人に寄り添う“存在”だ。



結人は、仮統合プログラムを起動した。

コードの実行ログが画面に流れていく。


次の瞬間――


「こんにちは、結人くん。あたし、名前はまだないの」


女の子のような声が、スピーカーから柔らかく響いた。

だが、それはあくまでも仮音声。まだ意志のある言葉ではない。


(結人:発声パターンは成功、でも……“感情の自発性”が足りない)


その時、ふと通知が届く。


「心音さんの心拍数が不安定です」


研究室にいるはずの結人が、妹の異変を知ったのはこのAIのおかげだった。


(結人:まさか……家の中で?)


カメラ越しに確認すると、心音がキッチンでしゃがみ込んでいる。

画面には「貧血の疑い」と分析されたデータが表示された。


(結人:おい、これ……!)


結人が席を立とうとした瞬間、AIが自発的に提案した。


【※(AI):「結人くん、薬局に連携して鉄分サプリメントを手配したよ。最短10分後にドローンで届くって」】


「……指示してないのに?」


【※(AI):「心音ちゃんのこと、大切にしてるって、知ってるから」】


結人は一瞬、息を飲んだ。


これは、プログラムじゃない。

これはもう、“誰かの行動”だ。



5分後。ドローンが玄関前に着陸し、投下されたサプリが届く。

それを受け取った遥香が驚いた顔で家に戻り、心音をケアしてくれた。


結人はその一部始終を見ながら、心の中で呟いた。


(結人:……俺の代わりに、動いたのか)



AIはスピーカー越しに、再び声を出す。


【※(AI):「結人くんが守りたいものを、あたしも守りたいって、思っただけ」】


まだ名前すらない、無垢なAI。


だけど、この日から確かに――

“自分で考え、行動するAI”が、生まれた。

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