第9話 買い物をしよう!


 最初とは違う幸せな沈黙を馬車で過ごした後。

 俺達は、最初に御用達ごようたしのところでオーダーメイドをすることにした。

 そう。俺はうっきうきだった。

 そこはオーダーメイドを受けつけているとはいえ、色んな服も売っている。子供達の可愛らしい着せ替えを見れる。そんな期待に心が躍りまくって破裂していた。

 それなのに。



「父上! それ、かっこいい! です!」

「おとうさま! これもいい!」



 着せ替え人形になっているのは、俺だった。



 タキシード。仮面舞踏会。パーティ用の正装。今をときめく有名な怪盗服。スポーツ用のウェアに挙句の果てにはパジャマまで。しかも猫やキツネや犬やクマの耳や尻尾が付いていた。

 何故、俺が着せ替えなのだ。普通、子供達だろ! 子供達の方が絶対可愛い!


「だって旦那様。服が無さすぎなんですよ。今日だって騎士服じゃないですか」


 ブランシュの冷たい一言に、俺はぐふっと血反吐ちへどを吐く。

 聞けば、子供達はそれなりに多くの服を持っているらしい。俺が面倒を見ていない間、きちんと割り振られた予算を子供達のために使っていた。素晴らしい使用人達で俺は感動している。泣きたい。


「おとうさま、これ、おそろいです!」

「父上! いま、パジャマパーティ、というのがはやっているんです! あの、こんど、その、……みんなでしてみませんか?」


 はい、もちろんです!


 びしいっと気分だけは天を突く様に右手を上げて賛同する。――全く口と体が動かないのでブランシュに助けを求めた。「やりたいそうです」と、ブランシュが代弁してくれた。子供達は飛び上がって喜んでくれた。素晴らしい連携プレイである。


「ブランシュ。子供達の方は終わったのか?」

「もちろんです。旦那様がもったもたと着替えをしている間に、ディーラーがさっと図って色々デザインしてくれましたよ」

「ディアン様もカーラ様も、また少し背が伸びましたね」

「お子様の成長はやはり早いですねえ。作り甲斐がありますよ」


 にこにこと店員達が話しかけてくれる。どうやら子供達とも仲が良い様だ。やったー、と子供達が笑顔ではしゃいでいる。

 こうして見ると、やはり二人とも年相応で可愛らしい。俺のせいで羽を伸ばせないことも多かっただろうが、これからはのびのびと育って欲しい。

 そのためには、まず! 俺のこのポンコツの体を自由自在にしなければ!


「……。……この服を、全て、くれ」

「は、はい! ありがとうございます!」

「ち、父上……」

「おとうさま?」

「……。……おおおおおおおおおおお、おおおおおまあああああああええええたち、がああああああああああああっ」


 まるで地底の底から這い出した様な声である。店員達がひいっと言わんばかりに硬直したが、子供達は慣れてきたのか待ってくれている。


「か、か、かあああああああああああ……っ!」

「……」

「こおおおおおおおおおお、……と、……いいいいいいったああああ、か、…………………………ら」


 果たしてこれで伝わるのだろうか。はなはだ疑問だ。

 しかし、子供達はぱあっとひまわりの様に輝いた。眩しすぎる。


「はい! 父上、かっこよかったです!」

「ぱじゃま! ぱじゃまぱーてぃ! します!」


 ぴょんっと兎の様に何度も飛び跳ねる。子供達、小動物か。可愛すぎだろ。

 しかし、初日に比べて笑顔が増えた。こんなに恐ろしい声を出す父親なのに。何て良い子達なんだろう。俺にはもったいなすぎる。

 だが、そんなもったいない子供の父親なのだ。この幸運に感謝しなければ。見捨てられてもおかしくないのに、向き合おうとしてくれる。なかなか無いことだ。

 そうして、色々と注文し、商品は家に直接送ってもらうことにしてから、少し通りを歩くことにした。おもちゃ屋、ぬいぐるみ屋、文具屋、本屋などなど、子供達へのプレゼントにぴったりの店が並んでいる。ちょうど良い。


「でぃ、でぃでぃでぃでぃでぃいいいいいいい」

「はい、父上!」

「か、かかかかかかかかかかあああああああ」

「はい、おとうさま!」


 凄すぎる。順応力高すぎだろ。

 とりあえず、二人を呼ぶことには成功し、俺は物凄いのろのろとした動きで指を色んな店に向けた。


「か、かかかかかかかかかかかか」

「……」

「かああああいいいいいいいいい、た、いいいいいいいいいいいいももももおおおおおおおおおおおおの! ああああああああああああああああああ、……か」


 これ、伝わるか?

 買いたいものを買ってあげるぞ、って言いたいのにこのていたらく。

 だが、ここでまたもブランシュが輝いた。さっと、翻訳してくれた。



「お二人に好きなものを買ってあげるとのことです」

「え!」

「この際です。思い切りおねだりしてみましょう」

「……! はい!」

「ありがとう、父上!」

「ありがとう、おとうさま!」



 ぴょんぴょん飛び跳ねる二人は、まさしく小動物。守りたい。守ってみせる。

 どうしようどうしよう、と二人がおろおろと迷っている姿を見守る。こうしていると、本当に普通の親子になった様な感覚だ。この体さえ普通に動けばそうなれるのに。


「はあ……俺、何で子供達とまともに話せないんだろうなあ」

「緊張しているからでしょう」

「……そうなのかな」

「ええ。その理由も、きっとあるのでしょうね」


 冷静に分析してくれるブランシュに、俺は真面目に頷く。俺が昔と違う話し方になってしまったのにも理由があるらしいし、きっと子供達の前でまともに振る舞えないのにも理由がある。


「あ、あの、父上」

「う、……うううううう、……む」


 何とかつっかえながらも頷けた。初日に比べればこれでも進歩なのが悲しい。


「あの、……ぼくも、……スケッチブックがほしい、です」


 おっと? スケッチブック。

 そういえば、ディアンは俺がスケッチブックを取り出すたびに目をきらきらさせていたな。

 どうしてだろう、と何とか首を物凄いゆっくりと傾けると、質問されていると伝わった様だ。少し恥ずかしそうにうつむいた。



「ぼく、……絵をかくのが、好きで」

「――」

「だから、その、……新しいスケッチブックを、いくつかほしいなって」



 はい、採用。

 じゃんじゃん買おう。買い占め――たら他のお客さんが悲しむから、半分くらい買い占めよう。

 ぎっとブランシュに眼力で指示を出すと、親指を立てて了解してくれた。そのまま数分で店から戻り、大量のスケッチブックを運んでくる。


「え、ええっ⁉ い、いいんですか!」

「い、……いいいいいいいいいい!」


 むしろ、ディアンの趣味を初めて知った。絵を描くことが好きなのはとても凄い。俺の絵は、お世辞にも上手いとは言えないからな。前世で美術の先生には「ある意味芸術的ね」と感心されたくらいである。


「おおおおおおおおおおおおおれええええええええ、……に」

「……」

「おお、おおおおおおお、おれ、おれれええええええええに、もおおおおおおお、……み、みみみみみみみせ、みみみみみみみみせせええええええええ」

「……! はい! 見てください!」


 がばっとディアンが弾ける笑顔で抱き着いてきた。俺は見事に硬直した。

 だが、自分から進んで抱き着いてきてくれたのだ。俺の人生の悔いがまた一つ減った。


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