山に還る

らんぱく

第1話:観測者

家に帰ると、息子が左手で箸を持っていた。


とても自然な動きだった。ぎこちなさはまったくない。

七歳。もう利き手が変わる年齢じゃない。

俺はこの手で箸を教え、鉛筆の握り方を正し、キャッチボールもしてきた。

右利きだった。愛する息子の利き手を間違えることなどない。絶対に。


妻に訊くと、笑って言った。「前から左だったわよ?」

保育園の先生も同じだった。

写真も動画も、息子は最初から左手で器用に動いている。


妻の声にも、ほんの僅かな違和感を覚えた。

低く落ち着いた、少しハスキーなアルト。

地元の合唱団で長年歌い支え続けてきた、芯のある声だった。

今の声は明るく、軽やかだ。たしかに綺麗だが、俺が惚れた声ではない。


カーテンの柄。リビングの壁の写真。ソファの配置。

すべてが、少しずつ、違っている。


俺はすべてを悟り、御神山へ向かった。

十数年前、国立量子構造研究所が設置された山だ。

世界を“観測”する研究が行われていた。

量子的な構造不確定性が、マクロスケールにも影響するという仮説のもとに。


俺はそのプロジェクトで、“絶対観測者”として定義されていた。


装置は、世界を物理的に“書き換える”わけではない。

情報構造として世界線を再構成し、その中に俺の意識モデルを投影する。

言うなれば、再現された可能性世界を“覗き見る”行為。

観測者はそこに「いるように感じる」が、それは主観的体験に過ぎず、現実には干渉しない。

だからそれは、あくまで“観測”だった。


世界を観測し比較するには、揺るがない基準点が必要だった。

どんな世界線を観測しても、観測者が一貫していれば、変化を測定できる。

そのために装置は、俺の神経応答、記憶構造、言語傾向をすべてプロファイル化し、

物理因果の影響を受けない“メタ層”に記録していた。


世界は、何があっても変わらない。

そう信じていた。

それが、俺がこの計画に参加するうえでの、大前提だった。




そして、今日。

俺は“自分自身”を観測対象に選んだ。


装置の構造上、それは問題ないとされていた。

観測とは、あくまで非干渉的な再構成に過ぎない。

世界に触れることなく、ただ“覗く”だけ。

だからこそ、俺は実験に同意した。


──だが、それは誤りだった。


観測とは、本質的には“確定”する行為だ。

そして、俺が観測された瞬間、俺は確定される側になってしまった。


それまでは、俺自身が世界を測る“定規”だった。

けれど定規自身を測った瞬間、定規が伸び縮みを始めた。

その結果、世界は毎回、違う“正しさ”で測定されるようになった。


変化は、ゆっくりと、静かに、世界をすり替えていった。


息子の利き手。

妻の声。

家具の配置。

記憶と一致しない現実が、少しずつ“現在”になっていった。



妻と息子に悟られない様、そっと家を出た。

見慣れた街灯を目印に角を曲がる。

いつも通りがかりの家から吠えてくるはずの柴犬は、猫になっていた。


喉が異常に渇く。鼓動が早い。

これは速足で歩いているせいに違いない。


研究所に着くと既に無人で、皆帰宅したようだった。

そして俺のプロファイル──“観測者の視点”は、装置のメタ層に残されていた。

世界線がどう変わっても、そこには記録された“元の俺”が存在している。


俺は選んだ。“息子が右利きだった世界”を観測するよう、装置に命じた。


──跳んだ。


視界が揺れ、時間が軋む。

気づけば、家の中にいた。妻が微笑み、息子が笑っていた。


だが、また違っていた。

カーテンは見たことのない鮮やかな色になり、息子の誕生日が一日早くなり、

妻はあんなに嫌っていたはずの派手な服を、嬉しそうに見せびらかしてきた。

それでも、彼らは俺を“父”と呼び、疑うことはなかった。


だが、そこに“本当の世界”はなかった。

すべて似ていて、すべて違っていた。


俺は跳躍を繰り返した。

微妙に異なる世界を、何度も“観測”した。

本来の家族がいる世界を、どこかにある“正解”を探すように。

手帳に記録を残し、装置のログにも刻んだ。


記録だけが、俺が“俺”だった証だった。




ある日、装置の奥に未公開のログを見つけた。

日付も署名もない。だが、そこには俺と同じ違和感が綴られていた。

家族の変化、自己の揺らぎ、世界への疑問。


その文体には、見覚えがあった。

語尾の癖。比喩の選び方。文のリズム──俺じゃない。

──そう思いたかった。


それはすべて、俺の過去の記録だった。


観測のたびに、世界が確定される。

そして、その世界に合うように、“俺”も再構成されていた。

あの記録にある“俺”を、もう思い出せない。

装置に残された“元の俺”は、こんな姿じゃなかったはずだ。


記憶は途切れていたが、ログは繋がっていた。

何百回も、何千回も。

装置は、無数の“俺”を観測してきた。


俺は誰だ?

“最初の俺”か?

それとも、“今の俺”は、ただ最新の世界に適応した観測者モデルに過ぎないのか?


このログを書いている“俺”も、

次に観測された瞬間、別の誰かに置き換えられるのだろう。


それでも構わない。

息子の顔、妻の声――そのすべてが、今この“俺”にとって確かだった記憶だ。

やがて消えるとしても、記録は残る。

俺が、確かに“家族を求めて跳び続けた存在だった”という証が。


装置は、今日も低く唸っている。

俺は手を伸ばす。

次の“俺”が読むログを、ここに残す。


──これは、俺が記す、最初で最後の記録である。

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