第30話

 シエルの目の前に飛び込んだ嵐。それはウルフだった。

 ウルフはシエルを腕から下ろすと、赤髪の――無名の男と対峙する。

「ウルフくん……助けに来てくれたのですか」

「シエル、オレは――」

 ウルフの言葉の途中で、無名の男が今度はチャージなしで雷撃エネルギーを発射した。

「逃げて!」

 無慈悲に放たれる光線。このエリアの、エネルギーの源から生み出される破壊のエネルギー。

 ウルフは手に持っていた棒を振った。

 すると、光線は何かに阻まれて、軌道を逸らし宙に消えた。その後に暴風が吹き荒れる。

 まるで魔法のステッキでかき消したようだった。

「ウルフくん、その手に持っているのは」

 それは一見、刀のようで、刀の機能を持たない武器だった。

 刀の形ではあるが、刃が厚すぎる。何も斬ることができない四角形の分厚い刃。

 それは振る度に、白く輝く。

「まさか原石兵装なのですか?」

「ああ、ソラがオレのために残した武器だ。組み立てたのはメイドだけどな」

「メイド?」

 無名の男は今度はしっかりとチャージをして、エネルギーを撃ち放つ。膨大なエネルギーは今度はかき消すことができない。

 ウルフが刀を振る。するとシエルの視界が凄まじい速度で揺れて、気がつくと2人は雷撃エネルギーの範囲外にいた。そして、シエルはいつの間にかまたウルフに抱かれていた。

「イロハ!」

 ウルフが呼ぶと、さっきから必死に逃げ回っていたイロハが近寄ってきた。

「シエルを任せた。オレはこいつをやる」

 ウルフは手渡しでシエルをイロハに渡す。

「うん、任せて」

「それとシエル」

「なんでしょう?」

「こいつを倒したら、オレはセントラルに行けるか」

 ここに来るまでも散々悩んで、ウルフは自分のやりたいことを見つけた。

「その場所でソラがどんな風に生きて何を感じていたのか、それをオレも見てみたいんだ」

 それがウルフの考えた次の目標。

 ソラが通っていた学校というのに、自分も行ってみたいという単純な願い。

「行けますよ。絶対行けるのです」

 彼を止めなければ、エリアAの未来はない。

 そういう意味ではシエルの返事は間違っていない。

「そうか、だったら」

 ウルフはその分厚い刀を無名の男に向ける。

「こいつを倒して、オレはセントラルに行く」

「あそこは腐敗した既得権益者の根城だ。行く価値などない」

「それはこの目で確かめるんだ。お前の意見は必要ない」

 無名の男は両腕に拳銃を構えて、雷撃エネルギーを連射する。

 ウルフは刀を振り回して、それを吹き飛ばした。

 無名の男はしびれを切らして、ウルフに呼びかける。

「なぜお前が俺に立ちはだかる? 俺は俺たちサテライトアウトのために行動しているというのに」

「お前の勝手な押し売りはしらねぇ。ただ、このエリアAを滅茶苦茶にされたらオレが困るんだよ」

「己の利己的な私情で、この英雄の道を阻むか」

「そうだ。オレは自分のためにお前を倒す。お前がどれだけ素晴らしい考えを持ってようが関係ない」

「ならばお前は、英雄の敵だ!!」

「こいよ英雄。悪いオオカミがお前を食い殺してやる」

 無名の男は拳銃に限界まで雷撃エネルギーをチャージして、ウルフに発射する。

 ウルフは手に持った刀を横に凪いだ。そうすると、太い刀の前側に開けられた逆ハの字型のスリットが、風圧を吸収する。そして、刀の中の白風星石が、吸収した風圧を数十倍に増幅させて、刀の頂点から噴射する。

 その風力を移動に利用して、ウルフは横に高速移動した。横に飛ぶ、そんなイメージで。

 雷撃エネルギーを避けると、無名の男のもう片方の拳銃から雷撃エネルギーが2段構えで放射された。

 ウルフは地面を凪ぐ、そして、刀から噴射した風圧で、飛翔した。

「もう逃げられまい」

 無名の男は、片方を撃っているに間にもう一発をチャージ。絶え間のない超火力の雷撃エネルギーがウルフを襲う。

 だが、ウルフが刀を振ると、空中にもかかわらず、激しい風圧が生まれ、振った方向とは逆方向に噴射した。ウルフは空中で更に飛翔する。

 3発、4発と撃ちこんでも、その度にウルフは刀を振り、空中を駆け、避け続ける。まるで空を漕ぐオールのようだった。

 ウルフは射撃を避け続けながら空を駆け、無名の男に接近する。

「くたばれ!」

 ウルフは刀の持ち手にあるトリガーを絞った。この機構で、刀の頂点の放出口が狭まり、一点凝縮された風圧を放射可能となる。それに、刀の側面の方のスリットから、姿勢安定用の風圧が後方に流れるため、安定した姿勢での攻撃が可能。

 その状態でウルフが刀を振ると、爆発的な圧力が刀を巡り、先端から放射された。

「バカなッ!」

 ウルフは決戦兵器の防御障壁ごと、無名の男を瓦礫の山に吹き飛ばした。

 ――その原石兵装の名前は『ワイルドハント』。元星石学園の天才、ソラが、ウルフのために設計した、高次元の攻撃、防御、移動、回避を刀一本で実現する兵器だ。

「ウルフくん……凄いのです」

 遠く離れた茂みから、シエルが感想を漏らす。

「いくら風が出せるといっても、あんな刀一本で空飛ぼうと思うのはアイツくらいだよね」

 普通に考えれば、あんなのは前後不覚に陥るに違いない。しかも振り続けなければ推進力が生まれず落下するし、少し操作を誤っただけで、上空から地面に叩きつけられて死ぬのは自分だ。

 あんなので飛ぶのは無謀にもほどがある。

「まさしくウルフくん専用の原石兵装なのです。ウルフくん以外が使ったら普通に死にますから」

「だよね。でも、星石なんてサテライトの外のどこにあったのかな」

「それはきっと――」

 無名の男が衝突し、もくもくと砂ぼこりが立ち込める瓦礫から、直立不動のその姿がシルエットに浮かんだ。

「ふんっ」

 ウルフが風を起こし、その煙を吹き飛ばす。

 無名の男は無傷だった。雷撃エネルギーの障壁が瓦礫を木っ端微塵に粉砕し、中の男を守った。

「お前がどれだけ吹き飛ばそうとも。この絶対的なエネルギー量に守られた俺は倒せんよ」

「なら、何度でも試してみるまでだ」

 そう言い切ったところで、ウルフが鼻血を出した。連続でかかるGに身体が悲鳴を上げたのだ。

「そんな無茶苦茶な機動をしていれば身体にガタが来る。当然の摂理だ」

 ウルフはその鼻血を見て――ニヤリと笑った。

 絶対的な戦闘センスを持つウルフにしか読めない気づきがそこにあった。

「あまり手こずらせるな俺には壁を破壊する責務がある」

 再び、射撃を再開する無名の男。

 ウルフは飛翔し、三次元を自由に飛び回る。

「芸のないやつだ。そうやっていればいずれ死ぬのはお前だ、ウルフ」

 360度を完全に守る雷撃のシールド。壁の雷撃砲並の光線の連射。エイリアンビーストとの決戦を想定した兵器なだけあって隙がなく、まさに無敵だ。

 そこに、射撃を避け続けたウルフが再接近。

「いいや、死ぬのはお前だ。オレは無敵だからな」

「ほざけ!」

 無名の男の近接射撃を予測して、ウルフは急降下。そして、無名の男の目の前、地面に激突するすれすれで、ウルフは下から押し上げる風圧で敵を吹き飛ばした。

 無名の男が宙浮く、ウルフはその真下に潜り込み。

「失敗したな、ウルフ。オレの真下が守られていないわけがないだろう」

 地面を歩いているのだから、彼の真下には障壁の穴があるはずだ。そこからなら攻撃ができるはずだ。

 ウルフがそう考えて、自分を浮かしたのだと、無名の男は考えた。しかし穴などない。彼が地面を離れた瞬間に雷撃エネルギーが足下を覆う。死角はない。

 だが、ウルフは止まらなかった。それどころか、狙い通りだと言わんばかりに、『ワイルドハント』を大きく振りかぶる。

(何をするつもりだ。こいつは)

 無名の男が疑問に思った頃には、もう手遅れだった。

 ウルフは地面に足をつき、真下から男を上に打ち上げた。

 更に、そこから上空へ飛翔。飛んだ先にいる男を追撃。更に上へ上へと吹き飛ばす。

 自身と壁の頂上が平行になるほどまで打ち上げられた男が、困惑しながら考える。

「は……落下の衝撃で俺を殺すつもりか、だがな」

 彼のまとう障壁の正体は、戦車などに用いられる反応装甲のようなものだ。

 つまり、外部からの衝撃に対し、逆向きに強い衝撃を返して内部を守る。雷撃エネルギーの障壁は、その仕組みを利用して、攻撃を無効化している。

「落下の衝撃も同様に無効化されるんだ。意味のないことを」

 生身で遥か上空にいる恐怖はあったが。理屈ではダメージを負うことはない。

 無名の男は仇敵の壁を眺めた。

「待ってろ、俺が今破壊してやる」

 と――そのときだった。

 男の横を何か素早い影が通り過ぎる。

 その黒い影は、無名の男を抜かして、その更に上空に昇った。ウルフだった。ウルフは鼻血を垂れ流しながら、なおも上昇を続けた。

(何を……するつもりだ)

 その原石兵装の――ウルフの機動力がついに末恐ろしく感じた。遥か上空の彼方でも、自由に飛び回るこのオオカミが。

 ウルフは男の上の位置を取り、乱暴に刀を振り回す。まるで風力のエネルギーをかき集めているようだ。

 そして、腕を引いて突きの前段の体勢に入った。

(まさか、それは……)

 ウルフの真の目的に気づいたときには、もう身動きのとれない状態だった。

「くたばれ」

 ウルフが『ワイルドハント』を勢いをつけて突く、その先端の放射口からは貯めに貯めた風圧が放射され、

「ああ、ああああああああああああ」

 無名の男は、遥か上空から、地面に向けて、途方も無いスピードで撃ち落とされた。

 あっけなく地面に墜落する。彼の装備する決戦兵器は確かに彼をその衝撃から守ったが。

「――アッ……ガ……」

 急激な加速によって、意識が落ち、身体のいたる穴から血を吹きだして倒れた。

 過剰なGがその身にかかれば、人間は耐えるすべがない。ウルフの身体が悲鳴を上げたように。

 それは雷撃のバリアに守られた彼であっても例外ではない。

 彼は英雄にはなれず、最後まで名前を持たない名無しだった。

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