第9話

「セントラルにはサテライト、いえ、この日本列島で唯一の学校があるのです」

 三人は家に戻った。一階の店舗フロアでウルフにあれこれ指導するのはシエル。

 イロハは夕食の準備をしていた。

「その名も『星石学園』」

「あのさ」

「学校とは何か、ですね」

 ウルフが質問する前に、シエルが答える。さすがにシエルもウルフの扱いには慣れてきた。

 シエルが学校について熱弁する。

「昔のやつはそんな面倒そうな施設に入れられてたのか」

「とても素敵な制度なのです。たくさんの人が分け隔てなく教育を受けられる環境が整っているのは、素晴らしいことなのです」

 興奮気味のシエルを尻目に、

「その学校が、セントラルにはあるってことか」

「はい。ただし、誰にでも分け隔てなくではなく、極一部の選ばれた生徒だけが通う学校なのですけど」

 曰く、星石学園の生徒は各エリアから毎年数名選出されるとのこと。

「学生はサテライト内すべてのエリアへの出入りが許可されています。当然その中には学園があるセントラルも含みます。とてつもない特権なのです」

「普通はどれだけお金を積んでもエリア間の移動なんてできないからね。だからこそ、生徒はこの広いエリアAからたった1名しか選ばれないんだけど」

 夕食準備中のイロハが口を挟んできた。

「1名ってひとりってことだよな。オレたちは3人だろ?」

「生徒は1名ですが、生徒は自身を護衛をするナイトを3人まで連れ歩くことができるのです。栄華の象徴たるセントラルといえども決して治安がよくありませんから。つまり、私が生徒として入学したらイロハちゃんとウルフくんももれなく護衛としてセントラルについてくることができるのですよ」

 ふむふむと頷くウルフ。

「問題はどうやって入学するかだよね」

「そうなのです。星石学園の生徒はそのエリアの区長が決めるのですが、これがまた厄介で」

 うーむ、とシエルは頭を悩ませる。

「区長はどうしても私を入学させたくないようなのです」

「それも、名指しでね」

 エリアAの人口はウルフも見て回ったとおり、旧日本の一都市にも劣らない。そこからの名指しとなれば、余程の事情があるのだろう。

「何やったんだよお前」

「それは……」

 シエルは言いにくそうに二の句を止めた。いつも自信満々に語る彼女が押し黙るのは珍しい。

「まあまあ、続きはご飯食べてからにしようよ」

 ウルフの疑念を遮り、イロハが夕食を各人に配膳する。

「これまた珍しい食べ物だ」

「あっこら。指でツンツンするな」

 ウルフの興味は食べ物に移った。

 ケチャップを混ぜたライスを、薄くのばした卵で包んだ洋食。

 そう、今日の夕飯はオムライス。

「「いただきます(なのです)」」

 無言でオムライスを観察していたウルフは渡されたスプーンをグーで握って、赤い文字で『くたばれ』と書いてあるオムライスを割った。

「なるほど、中に飯が入っているのか」

 ウルフは恐る恐る口に運んだ。

「な――ッ!! これは!?」

 ウルフに激震が走る。

「お口にあいませんでしたか?」

「いや……すごく美味いぞ」

 甘辛いチキンライスとふんわりした卵の膜、まばらに添えられたケチャップが各々かけ合わさり、絶妙な味わいを生み出す。未知の味わいがウルフの舌を満たす。

「何? アンタが褒めるなんて珍しいじゃん」

「サテライトの他の飯もまあまあ美味かったが。これは特に気に入った」

「? はあ、それはどうも」

 やたらオムライスを推すウルフに、イロハはかえって困惑の色を浮かべた。どちらかといえばオムライスは子供の好物ではないか。店で余った食材で簡単に調理したわけだが、案外ヒットしたらしい。

 ウルフはガッと一気に口に運んであっという間に食べ尽くした。

「おかわりだ」

「そういえば、新しいのが出てくるってどこで教わったんだか」

「まさか……もうないのか?」

 ウルフは愕然とした。心なしか電撃を喰らったときより、リアクションが大きい。

 イロハは奇妙なこだわりを見せる食客に複雑な気持ちを持ちつつも、

「あるよ。持ってくるからちょっと待ってなさい」

 再びフライパンを持ち上げた。

 二つ目をウルフは満足げに平らげて言う。

「ますますお前が欲しくなった」

「はいはい、どうせわたしは飯炊き係ですよー」

「謙遜するな。お前のオムライスとやらはこの世で一番だ」

「そ、そんなに褒められても別に嬉しくないんですけど……」

 すぐそっぽを向くイロハ。

(イロハちゃん、やっぱりだいぶチョロいのです)

 シエルは照れ隠しをする友達をそう評し、心配そうに見据える。多分男の人に押せ押せで迫られたら、ついていってしまうタイプだ。

「おかわりだ」

「また!? 仕方ないな~」

 イロハはスキップでキッチンに向かう。


    ◇    ◇


「明日、星石学園入学の二次試験があるのです」

「二時か。それって朝の方か? 昼の方か?」

「違う、二次試験は二回目ってこと!」

 ウルフのボケにイロハがツッコむ。

「二回目、じゃあ一回目はどうした」

「通ってます。ただのペーパーテストだったので」

「シエルちゃん無双だったよね。一点も落とさなかったし。まあ、問題作った人いれてもエリアAにシエルちゃんより賢い人なんていないから当然ではあるけど」

 未曾有の大活躍を褒め称えるイロハだが、シエルは既に通過した試験を見ていない。

「けれど一次通過は一次通過なのです。二次が通らなければ、意味が無いのです」

「で、二次は何をするんだよ」

「試験内容は当日まで未発表ですが、十中八九、ナイトの戦闘技能が問われるのです」

 ナイト、つまり受験者の護衛の強さを問われるとのことだ。

 必然、強者をナイトに迎えるのが重要になるが、

「私は二次試験を見送るつもりでした。区長が圧をかけて有力者に私のナイトを務めないように働きかけたからなのです」

「わたしは一人でも戦うよ――って言ったんだけど」

「無茶なのです。他の参加者のナイトは三人で編成されているのに、こちらは一人。武器もありませんから。ただ――」

 この八方塞がりの状況で、ただひとつイレギュラーがあるとすれば、

「ウルフくん、貴方が戦ってくれるなら話は別なのです」

 ウルフは元々エリアAの住民ではないので、区長の統治の影響外。

 それにシエルはウルフの能力が高いものと見立てている。

 壁の雷撃砲台を独力で突破したということ。警備隊に四六時中追われながら、二日間も平気でいられたこと。

 どれも並の人間では再現できない偉業だ。

 ウルフはシエルの期待に答えて、

「そうすればセントラルに入れるんだろ。だったらやってやる」

 サテライトの中枢――セントラルには恐らくソラの情報が眠っている。そこに押し入るための一歩であればウルフにとって十分戦う理由になる。

「例年、二次試験は過酷です。死ぬかもしれませんよ」

「はっ」

 ウルフにとってのそんなことを真剣に問うシエルを鼻で笑い飛ばした。

「オレにとって、人生で命懸けじゃなかったことなんかない」

 生きると言うことは、時に相手から奪い殺し合うということ。

 外の世界で生きたウルフにとって絶対の安全圏などはまやかしで、最初から存在しないものだ。

「……失礼したのです。それでも、くれぐれも気をつけて欲しいのです」

 意思は固まった。

「明日は闘技場に集合なのです。二次試験は例年最終試験。そこを乗り越えたらセントラルに行けます」

「やっぱり闘技大会をするつもりかな」

「あの人はいつもどおり、天下一武道会の真似事をするつもりなんですよ」

「トーナメント戦だね」

「バトルマンガの王道なのです」

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