第46話 飛空

「──シルファ君! どうした?大丈夫かね?」


 耳に馴染んだ声が、霧の中から私を引き戻す。ぼやけた視界がようやく焦点を結び、気づけば私は、メモリーピースを握りしめたまま、まるで時間から置き去りにされたかのように立ち尽くしていた。


 目の前にはレオさん。心配そうな眼差しが、私の顔を覗き込んでいる。


「きゃっ…あ、あれ? レオさん?」


 不意に顔が近づきすぎて、私は反射的に声を上げてしまった。


「はは、驚かせたか。すまんすまん。君が突然、石像みたいに固まってしまってな。動かないもんだから、心配したんだよ。」


「私…どれくらい、そうしていました?」


「そうだな。十秒か、十五秒ってところか。ほんの一瞬さ」


 ──ほんの一瞬?

 私が体感した時間は、もっと長かった。あの鮮明すぎる幻影のせいで。


 前回と同じだ。メモリーピースに触れると、私の中に"何か"が流れ込んでくる。

 

 今回は…レオさんと、それに“ミユ”と呼ばれる女性の姿が見えた。


「…シルファ君、しっかりしたまえ。今は王の御前だぞ。物思いに耽るのは後にして、やるべきことを済ませようじゃないか。」


 レオさんは、私の手にあった赤のメモリーピースを取り、王国で授かった黄色の石と合わせる。


 何の変化もないように見えるその手の動きに、私はふと疑問を覚える。


(…レオさんには、何も起こらないんだ。)


 この現象は、私だけに起こるものなのか?

 思考が渦を巻く中、赤と黄のメモリーピースが静かに――そして不可解に――結合した。


「おおっ、くっついた!」


 レオさんが歓声を上げ、王座に腰かけていた獣王の目が輝いた。


「ほほう…。やはり、王国にあったものと同じだな。素晴らしい…。だが、奇妙な宝石だ。この国でも、その効果は未解明のままだ。だがな――これを探し求めているそなたらには、耳寄りな話があるぞ!」


 そう言って、獣王は口元に薄く笑みを浮かべた。その眼は、まるでいたずら好きな獣のように光を帯びていた。


「教えていただけますか?その情報とは?」


「ふふっ、知りたいか。よかろう。東の亜人大陸、そして北の魔族大陸――そこにも、メモリーピースが存在すると伝えられている。」


「なるほど…では、具体的な場所は?」


「そこまでは知らぬ。そこは自分たちの足で確かめよ。だが、メモリーピースはもともと褒美として渡すつもりだった。他に欲しいものがあれば、望みを言え!」


 そう豪快に言って、獣王は胸をドンと叩いた。


「はいっ! ボク、お金がいいです!」 「え、えっと…私もできれば、お金で…。」 「私は――を」


「なにっ!? 二人の金はまあ良い。我もそうするつもりだった。だがレオ殿!だと? 一体どこでそれを…!?」


 獣王が身を乗り出し、唾を飛ばしながら食いついてきた。


「いやぁ、宰相に聞いたんだが…マズかったかね?」


 レオさんが気まずそうに笑うと、獣王が鋭く一言──


「ルッツ!」


「ひゃいっ!」


 宰相が縮こまった。


「まったく…ルッツは有能だが、口が軽すぎる。」


「も、申し訳ありません…。」


「まぁ良い。そなたらは十分な功績を上げた。私が持っていても、浮遊石の使い方など知らんしな。」


「では、あれの出処はやはり――」


「──ああ。古代遺跡だ。お宝には違いないが、活かしようがない。持っていけ!」


「ありがとうございます。」


 こうして私たちは、赤のメモリーピースと、それぞれの望む報酬を手にし、王城を後にした。


   * * *


 まるで予め打ち合わせをしていたかのように、私とグレイさんの心は、同じ場所に辿り着いていた。


 ──褒美の金で孤児院に寄付をするという決意。それは誰に言われたわけでも、強いられたわけでもない。ただ、私たちに「家」と「居場所」をくれたあの場所への、静かなる恩返しだった。


 過去を悔い、未来に託す想いは、感謝という名の祈りとなって胸に宿り、確かな形を成しはじめていた。


 私は、故郷ミッドワンにかつて存在した、閉院された孤児院の再建を、旅の終着点に掲げると心に決めていた。


 ──そして、レオさんはと言えば…。


「ねえ、レオさん。あの浮遊石って、いったい何に使うんですか?」


 歩きながら、ふと疑問が口をついて出た。レオさんは小さく頷き、目を細めた。


「うむ。そろそろ話してもいい頃合いか。あれはだね、飛空船を浮かせるための石なんだ。」


「……ひ、飛空船?」


 聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。


「無理もない。この世界には、まだ存在していない乗り物だからな。」


「乗り物って…もしかして、バイクみたいな?」


「あはは!バイク?いや、全然違う。もっとすごいぞ。今度はんだ!」


 冗談かと思った。だが、彼の瞳はいたって真剣だった。情熱と夢が、そこにはあった。


「もしかして…ボクに前に言ってた“夢の乗り物”って、それのこと?本気で言ってるの?」


 呆れたように問いかける私とグレイさんを見て、レオさんは不敵に口元を吊り上げる。


「君たちその顔、忘れるなよ。──いつか、本当に空を飛んでみせる。そしたら、ほえ面かくなよ!」


 ああ、本気なんだ。誰よりも真っ直ぐに、少年のように。


 やがて彼は立ち止まり、空を仰ぎながら宣言した。


「さて、獣王国の旅はここまでだ。次は獣王の残した情報をもとに、メモリーピースを求めて東の亜人の大陸へ向かうとしよう。」


 その横顔には、次の冒険を待ちきれない子供のような輝きが宿っていた。


「はい。わかりました。あの…レオさん、グレイさんのことなんですが…。」


 少し躊躇いながらも、私は口を開いた。共に戦い、支えてくれた彼の存在を置いていくことに、胸のどこかが引っかかっていた。


「ああ、そうだったな。グレイ君、お疲れ!元気でな!」


 レオさんは、あっさりと素っ気ない口調で挨拶している。


「はぁ!?軽ぅ!レオさん、それ本気!?ボクは君たちと旅する気満々だったんだけどぉ!」


「そ、そうですよ、レオさん。グレイさんも、そう言ってくれてますし。」


 思わぬ別れ話に、私たちは慌てて声を重ねた。


「くくく…あははっ!冗談だよ!グレイ君、私たちについて来たまえ!ただし…」


 レオさんは声を潜め、グレイさんの耳元で囁いた。


「…シルファ君に手を出したら、承知しないぞ!」


(あの…聞こえてますけど!?すごく嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい…。)


「ちょっとレオさん! ボクは負けませんからね!」


「ふん、望むところだ!」


 こうして、正式な仲間としてグレイさんを迎え入れ、私たちは新たなる地平へと、また一歩を踏み出した。


 ──空を目指す夢と、まだ見ぬ未来を胸に抱いて…。

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