第4話 開花

「シルファ君、旅立つ前に聞いておきたい。君は自分の能力をどの程度把握しているのかね?」


 恩人であり、この上なく特異な存在であるレオ・キサラギさんの旅に同行する決断を下した理由はただ一つ。


 無能の烙印を押された私でも、彼についていけば成長できる糸口を掴めるかもしれないと考えたからだ。


「んー。これといった能力はないと思いますよ。」


 宿を出る前の朝食時、私たちは食堂の片隅で向かい合っていた。


 物資調達を済ませた後の短いひとときだったが、彼はどうやら私の能力について何か気にしているようだった。


「君は、自分の能力について全くの無知だな。これまでに能力鑑定を受けたことは?」


「あ、はい。孤児院で育ったので、そんな余裕は全くなくて…。」


 少し困惑しながら答えた私に、レオさんは静かに頷き、意味深な微笑を浮かべた。


「自分の能力を知ることは重要だぞ。それに基づいた訓練こそが、君の成長を飛躍的に促す鍵になるはずだ。」


 その声には力強さと確信が込められていた。何かを知っている──そんな印象が拭えない。


「確かに、これまでそんなことを考えたこともありませんでした…。いつもパーティの仕事で手一杯で。」


「それが普通だろうな。しかし、この街の神殿に行けば能力鑑定をしてもらえるらしい。どうだ、試してみるかね?」


(そんな情報を一体いつの間に…。それにしても、私の知らない能力が明らかになるなら、これからの方向性も見えてくるかもしれない。)


「わかりました。挑戦してみます!」


 こうして私たちは、町外れに佇む荘厳な神殿へ向かうことになった。



── クレールー神殿 ──


 神殿の入り口に立つと、その威圧感に思わず息を呑んだ。今まで数年間この街で暮らしてきたにもかかわらず、この場を訪れるのは初めてだった。


「ここで能力鑑定ができると聞いているのだが。」


 レオさんの問いに、中央の祭壇に佇む司祭が振り向いた。


「はい。銀貨五枚で受け付けております。」


 その答えに、私は思わず唇を噛む。庶民にとって銀貨五枚は決して安い額ではない。


「申し訳ありませんが、鑑定は神のご加護を借りて行う神聖な儀式。代価は恩寵として受け取る必要があるのです。」


 司祭は私が費用に対して不満を感じている様子を鋭く察したのだろう。穏やかな声で補足を加えた。

 

「仕方がない。私が支払おう。」


「えっ、レオさん!いいんですか?」


 心底驚いた私の問いに、彼は静かに微笑んだ。


「これは私が提案したことだからな。」


「ありがとうございます…。」


 私が深々と頭を下げると、彼は恥ずかしそうに手を挙げた。


 司祭は儀式の準備を始めた。


 私は中央の祭壇に導かれると、司祭が何か呪文のような言葉を唱え始めた。


「見えました。あなたの基礎能力は俊敏性と器用さが突出しています。また、魔法適性は一つ、闇属性に才能があります。さらにスキルとして『気配察知』と『隠蔽』がございます。優れた素質をお持ちのようですね。」


 司祭の言葉が響くと同時に、私は衝撃を受けた。そんな能力が自分にあったなんて…。


 ちらりと横を見ると、レオさんの目には得意げな光が宿っていた。


 そういえば、彼が以前「シーフやアサシンの適性があるかもしれない」と言っていたような…。


(まさか、彼は最初から私の能力を見抜いていたのでは…?だとすると、自分で鑑定せずに神殿まで連れてきたのは何故だろう?)


「司祭様、この神殿ではどの神を信仰しているのか教えて貰えるかね?」


「はい、神ルビンフォート様をお祀りしています。」


「何だと!?いや、すまない…。では、女神パルナスについて何かご存知ないかね?」


 彼は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


「女神パルナス…様ですか?申し訳ありません。そのお名前は存じ上げません。」


「それはおかしいな。ううむ…。」


 司祭との会話を終えると、レオさんは何か考え込んでしまった。彼が本当にここを訪れた目的は何だったのか──私にはその真意が計りかねた。


 それでも、私にとっては大きな収穫があった。私たちはミッドワンから旅立った。


   * * *


 ここは街道から少し外れた森の中。

 

 その中でも木々が控えめに空を覆い、小さな開けた場所が私たちの訓練場となっていた。


「気配察知をもっと鋭く使いたまえ!」

「魔法の発動方法は、何度も教えたはずだ!」

「根をあげるには少し早すぎるのではないのかね?」


 森の澄んだ空気に響くレオさんの指示と叱責。そのたびに私の胸に緊張が走る。


 基本的な戦闘訓練から、唯一使えると言われた闇魔法の習得まで、彼は妥協を知らない指導者だった。


 彼の鍛え方は決して優しくなかった。

 

 それでも、訓練を重ねるうちに、確実に自分が変わりつつあるのを感じた。無能とあざけられていた昔の自分が、ここで生まれ変わろうとしている──そんな希望が私を奮い立たせたのだ。


   * * *


 特訓を開始して五日が経過した朝、私はこれまで以上に爽快な気分で立っていた。


「基礎は身についたようだな。後は実戦で経験を積むことだ。」


 レオさんは私を見据えながら言った。その目に込められた期待が、かつての私では考えられなかったほど胸を高ぶらせる。


「レオさん、本当にありがとうございました。正直、厳しかったけど、前より遥かに自分が強くなった気がします。」


 誇らしい気持ちを抑えきれずに答える。自惚れではない。前の私とは確実に違う自分がそこにいる。


(もう二度と無能なんて呼ばせない…。)


 その決意が自分の中に深く刻まれる。


「これを君に渡しておこう。」


 差し出されたのは、一見して高価とわかる、精巧に作られたナイフだった。アサシンを目指すことに決めた私にとって、これ以上ない贈り物だ。


「こんなに高価な武器を…。レオさん、どうして私にここまでしてくださるのですか?」


 率直な疑問が口を突いて出た。

 

 彼にとって私と旅することにどんな利益があるのか、未だに理解できなかったのだ。


「そうだな…。私の目的は人探しであって、君と旅をすることは想定外だ。しかし、何故だろう…君を放っておけない気持ちに駆られてしまってね。」


 静かに語る彼の言葉の中に、何か重いものを感じ取る。彼自身にもわからない感情がそこに潜んでいるのかもしれない。


(もっともっと成長して、レオさんの力になれるようになりたい…。)


「ありがとうございます。このナイフ、大事に使います。そして、レオさんの目的にも全力で協力させていただきます!」


 そう答える私の中に熱が宿る。

 

 特訓を終え、新たな街へと向かう私たちの旅は、これからが本番となることだろう…。

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