誓いがもたらすもの【完結済】

華幸 まほろ

第一話

 「では、今回の会議はこれまでとします。各自、最善を尽くすように。」

「おう!」

ピンクゴールドの髪をもつ女性の言葉で暗い部屋の中での会議が終わると、誰にも怪しまれぬようそれぞれ違う出口からそれぞれゆっくりと出ていく。これまでの険しい表情が嘘のような、穏やかな笑顔で。

「さて、もういいわよ。紫。」

リーダー、癒綺の言葉に、左斜め後ろで狐の面をつけて微動だにせず待機していた黒髪の少女、紫はやっと身動きをした。三時間弱動かなかった体は固まっているのかと思いきや、普通に動いている。狐の面はまだ外していないが、先ほどまで一切気配がなかったのに対して普通の人間くらいには気配がある。気配を出した、と言った方が正しいだろうか。すっと癒綺の前に出て、膝をつく。下げられた頭の上に癒綺はため息を落とした。

「顔をあげて立ちなさい。私たちの間にそう言うのはなしだと前にも言ったでしょう?」

紫はこくりと小さく頷いて、音もなく立ち上がった。癒綺の右斜め後ろにいた、副リーダーである海炎はふっと笑い、紫の頭の上に手を置こうとする。しかしふわりと避けられて、がくりと肩を落とした。

「そんなあからさまに避けなくてもいいじゃないか!」

無言でまたジリジリと離れていく紫を、負けず嫌いの海炎はムキになって追いかけた。心なしかその赤い髪が燃えるように逆立っているように見える。しかしギリギリでふわりふわりと躱していく紫をいつまで経っても捕まえられず、息を切らして膝に手を当て、項垂れた。髪もへにゃりと元に戻る。紫はその様子を見て笑いを堪えていた。

「くっそ…明日は絶対に捕まえてやる…!」

苦々しげに睨みつけるが、その睨みつける対象である紫はそんな視線は痛くも痒くもないとでも言うように癒綺の後ろに立っていた。顔全体を隠す面のせいで息がしづらいはずなのに、一切息を切らしていない。これでも海炎は騎士団の精鋭の中の一員だったはずなのだが。しかも抜けてからも体力は一切落ちておらず、むしろ増えていると思っていた。

「隙あり!」

少し息が整ったところで紫の注意が癒綺に向いた瞬間に再び狙ってみるものの、やはりひょいと躱されて、いつの間にか転ばされていた。

「はぁ!?」

「うるさいわよ、海炎。」

「すみません!」

完全に死角から狙ったはずなのに躱され、再び怒鳴り始めようとした海炎を、癒綺は嗜めた。癒綺の言葉に海炎はピシッと姿勢を正し、頭を直角に下げる。

「…犬。」

久しぶりに聞いた紫の声に、海炎の額に青筋が立った。が、たった今癒綺に嗜められたばかりなので静かに耐える。ここまでくるともう不憫である。

「…ふ」

小さくではあるが、笑ったかのように息を吐いた紫を海炎は睨みつけた。怒鳴ろうとして、先ほどの癒綺の言葉を思い出してやめる。が、堪えきれず口をパクパクと動かして何やら罵倒しているようだ。紫は読唇術でそれを読み取り、パクパクと声を出さずにそれに返した。ピキ、ピキ、と海炎の額の青筋が増えていく。

「もう、二人ともやめなさい?」

ムゥッとちょっと怒ったような顔をして癒綺がそう言うと、二人はピタッと止まって何事もなかったかのようにすまし顔になった。

「はい。」

「はい!」

温度差はあるものの揃った二人の声に癒綺はくすりと笑った。癒綺のことが第一の二人は、彼女が笑っていればそれでいいので、もう先ほどまでの一悶着は頭の中にない。

 会議の参加者が出ていったのは地上の出口からだが、三人は地下通路から違う建物へと移動していた。ぴちゃん、ぴちゃん、と水の滴る音が響き渡る。仄暗い地下通路は、時折ある松明によって暗闇ではなくなっているものの、足元が見えるかどうかという暗さで、普通の人が歩いたらここがどこなのかわからなくなってしまうだろう。すぐに転んでしまうかもしれない。会議がある日は毎回この道を通っている三人は、目を瞑っていても歩けるほどこの地下通路のことを熟知しており、全容は見えないもののどうなっているのか詳細に思い浮かべることができた。

「ふぅ。半分くらい来たかしら。」

癒綺は立ち止まり、息をついた。この通路はこれから向かう拠点がどこにあるのか分かりにくくするために曲がりくねり、高低差もあるためかなりの長さがある。普通に頭脳派である癒綺にはなかなかの重労働だった。

「はい。ここでちょうど半分です。さすがです!毎回わかるなんて、すごいです!」

海炎はニカッと笑い、癒綺を褒めちぎった。足音が響く構造となっているので誰かがいればすぐにわかるが、それでも警戒に警戒を重ね先行していた紫はその会話を聞きながら腰に下げている短刀の柄をぎりりと握りしめた。しかし癒綺直々に先行の任務を任された故にじっと耐える。が、嫌な予感にパッと振り向いて癒綺の元に戻り、今まで歩いてきた道をじっと見た。

「おい、なんで戻ってき…」

ドゴオォン

どこかが崩落したのか、大きな音が鼓膜を貫いた。自分の身を厭わず、紫は癒綺の耳を抑える。風が勢いよく吹き抜けて松明を消し、大きな振動が三人に膝をつかせた。

「!?これは…」

「見てくる。」

海炎の言葉に被せて、紫は宣言して走り出した。たん、たん、と軽く地面を蹴る音が一瞬で遠ざかっていく。

「おい!」

海炎はギョッとしてそれを見送った。癒綺を抱き止めている右腕と反対の腕を伸ばす。その腕に癒綺はそっと手を添えた。

「行きなさい。私なら大丈夫よ。ここで、待ってるわ。」

暗闇なのでわからないが、おそらく可愛く微笑んでいるだろう。海炎はそう考え、そっと癒綺を端に座らせた。

「はい。行ってまいります。」

そう告げて、走って紫の元へと向かう。

 彼女の判断は、一度も間違ったことがなかった。

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