第2話 夏の大三角形

NYの街が闇に沈んでいる。轟く警報音が夜を切り裂き、暗い河沿いの側道には、赤いランプを点滅させた緊急車両が行き交っていた。


 ここは、孤独と危険が常に背中合わせの場所——。


 展望室に閉じ込められた生徒たちは、不安に胸を締めつけられ、眼下の様子を確かめようと、巨大なガラス窓へと身を寄せた。

 


 ……が、その時、


「うわぁ、綺麗だ……」


 闇に目が慣れた生徒の一人が、突然、声をあげた。


 空を斜めに横切る柔らかな光の筋がいくつも見えた。


「天の川だ……」


 生徒たちは、一人、また一人と立ち上がり、次々に浮かび上がってくる星の瞬きに、歓声をあげた。

 


 南から東の方向に雲状の光の帯が弧を描き、展望台から空を見上げた生徒たちの瞳の中には、胸がすくほどの星の瞬きが映し出されている。美しい夜空の展望が一瞬でさきほどまでの不安を取り除いてゆく。


「天の川だ! ミムラ先生、天の川が見えるよ!」


 屈託のない笑顔。


 摩天楼の光害ひかりがいから開放された天の川から、星座の光が降り注いでくる。

 惜しみない光は生徒たちの影を、展望台の床にくっきりと浮かび上がらせるほどの強さだった。


 ジル・ナイトシェイドが高い声をあげた。


「みんな、こちらに来てごらんなさいよ! 北の広場のちょうど真上に、北極星ポラリスが見えるわ」


 その時、


 ”Loreleyローレライ2025”の歌声が、また、響いてきたのだ。

 


 金の瞳の少女の 巖頭がんとうに立ちて

 黄金の櫛とり 

 緑髪のみだれを梳きつつ口吟む 歌の声の

 くすしき魔力ちからたまもまよう



 展望台の窓の桟に身を寄せ、空を仰ぐジルの姿が、ローレライの歌詞の巌頭に立つ少女の姿と重なり合う。


  曇りのない眼差しで星を追う少女。

 明るい声音には、舟人を海底に引きずりこむ意志は微塵も感じられない。 


 異星人の女教師 ― ミムラ ― は、ふっと緊張した頬を緩めた。


 、大丈夫。

 私たちも、この地球も。


 宇宙から地球に届く伝説の歌の音は澄みわたり、

 星たちは、今日も、淀みのない光を投げかけてくれているのだから。

 

 だから、きっと、大丈夫。


 ミムラは天を指さし、生徒たちに微笑みかけた。


「あの天の川の中に見える明るい星は、一等星の琴座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネブ。3つの星座を線で繋げてできあがるのが、今、北の空に輝いている北極星ポラリスを捜すための”夏の大三角形”です。昔の人々は、そうやって空に目印をつけてきたのです」


 ― けれども ―


「私たちは、少し傲慢なのかもしれません。まるで自分たちが宇宙の管理者のように、星に名をつけ、月の土地を分譲し、宇宙ゴミを撒き散らしながら、我物顔で未開の星を探索している。この地球も、天の川銀河の中に浮かんでいる1つの星にすぎないというのに。広大な宇宙から見れば、地球人など、ちっぽけな塵のようなもの。だから、忘れないで。どんな科学技術を手にしたとしても、それは宇宙の歴史からしてみれば、ほんの刹那な時間の飯事ままごと。皆さんは、それを心に刻んで、生きねばなりません」


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