第5話 部長と同行

 部長と固い握手を交わした次の日。明日もよろしく、と言われた意味が分かった。

 どうすれば魔法が出せるのか、現場で学ぶしかないということで、部長は俺に悪魔退治の同行を提案してきた。

 個人的には、もう2度と勝てない敵に挑むつもりはなかったし、あえて危険な目にあう気もなかった。

 だが、部長は俺に「せっかくなんだから、君には前向きな姿勢で取り組んで欲しい」と、魔法少女としてそんな熱い思いを語った。 

 仕事だけではなく、魔法少女においても、部長は部長だったのだ。

 だから、俺は同行を断れなかった。

 社内と同じく、ここにおいても俺はイエスマンだった。


「ぁああ! 部長!! わたし、死んでしまいますー!!」


 そんな俺の弱さが、すぐに後悔を招くことになった。

 同行とは言っても、仕事の時のように歩きや車移動ではない。魔法少女らしく、杖にまたがってのフライトだった。部長は空を飛べる魔法少女ならしい。

 バイクの二人乗りのように、後ろに乗せてもらったはいいが、とにかくバランスが悪い。

 杖も短いし細い。何より、全体重が股に乗ってて危険な状態だった。


「大丈夫だ田中君。私は安全運転だ」


 違います部長。落ちる不安もありますが、それだけではありません。安全運転のつもりでいてくれるのはいいですが、俺の股が限界です。

 逆に、速度を上げて早く目的地に着いてほしいと、その気持ちが勝った。


「部長! まだですか!」

「もうすぐだ!」

「部長っ! まずいです!」

「我慢しろ!」


 部長の背中にしがみつきながら悲鳴を上げる。

 脂汗が止まらない。股の激痛から逃れようとしてか、変に全身に力が入り、腰や背中まで痛くなってきた。

 そんな俺の焦りに反して、部長は涼しい顔をしている。まるでサイクリングをしているかのように、爽やかな表情だった。

 

「おっ、あそこだな。田中君、準備しなさい」


 部長が指をさす方を見ると、そこには今までにないサイズの巨大な悪魔がいた。

 誰もいない山道。悪魔は人街を目指しているようだった。


「まだ生まれたばかりか。被害がなくて良かった」

「あれで赤ちゃんですか……」


 俺の身長の3倍ある。それでいてボディービルダーのような筋肉。まさに化物だった。

 その化物を目指して、部長は降下をし始める。

 永遠にまで思えた地獄のフライトが、ようやく終わる。と、安堵は許されない。次の地獄が待っているのは目に見えた。


「放置したら大変なことになりそうだ。ここで倒そう。人気もなくて丁度いい」

「部長、よろしくお願い致します」


 今日の俺は、部長の横で学ぶ立場だ。

 戦わなくていいんだ。

 部長がやっつける姿を見て、何かを得る。今日の仕事はそれだけなんだ。


「ん? 構えなさい田中君。君も魔法少女だろ」

「そうですよね、もちろんですよ」


 見ているだけで良いなど、そんな甘いことを部長は許さなかった。

 思えば、部長との同行で楽なことは一度もなかった。基本的には、どえらいクレームの対応や土下座必須レベルの謝罪。課長の俺が骨になってから、部長の出番になることが多い。

 それもそうだ。部長は職場で一番偉い。トップが最後に動かないと、相手に舐められる。

 そうやって俺ではどうにもならなかった仕事を悠々とさばく部長を見て、俺は学んでいった。仕事を、マネージメントを、管理職というものを。

 だから、魔法少女においても同じこと。まずは俺が挑み、それから部長の戦いを見て、学ぶ。

 俺は、泣く泣く悪魔と向き合った。


「ウオォアアアっ!!」


 とんでもない悪魔の雄叫びに、萎縮した俺の膝が震える。

 エントランスで食らった一撃を思い出した。

 股が痛いからじゃない。これは、恐怖だ。俺の肉体が、脳が、立ち向かってはダメだと言っている。

 その様子を見かねてか、硬直する俺の背中を、部長が突き飛ばした。悪魔のいる方に。


「いやーーっ! 部長!!」

「大丈夫。きっとうまくいく。自信を持って」

 

 無防備で突進してくる俺を、悪魔は何の脅威とも思わなかったらしい。

 俺は悪魔の脚に激突し、止まった。


「あぁ……」


 顔を打ったせいで、鼻血が垂れた。

 至近距離でみる悪魔は、とてもおぞましく、俺には耐えられなかった。

 せめて、痛いのは一瞬がいい。やるなら、ひと思いに頼む。


「す、すみません。血が付いてしまって。ふ、拭きますね……」


 言葉の通じない化物相手に、俺は命乞いをした。

 この悪魔は何を考えているんだろう。真上から俺を見下ろし、ヘラヘラ愛想笑いをする俺をじっと捉える。


「田中君どうした! 今が攻撃のチャンスだろう!」


 確かに、敵の懐にいる今こそ、攻撃する絶好の機会に違いない。

 しかし、俺、素手なんですよ部長。

 魔法、使えないんですよ。


「手を動かせ田中!!」


 何年前のことだろう。俺が業務中にサボってネットサーフィンをしていた時、部長にそう叱咤されたことがある。昔の懐かしい記憶がよぎったのは、それが走馬灯だったからなのだろう。

 悪魔は咆哮しながら、俺を叩き潰そうと、巨大な手のひらを振り下ろしてきた。

 ……駄目だ。動けない。

 瞬きさえできないでいる俺の視界に入ったのは――部長だった。


「部長っ」


 部長が身を呈して、俺を守った。

 間に滑り込んで、振り下ろされた悪魔の手を、背中で止めている。


「まったく……。私が支えているうちに離れなさい」

「はい! 分かりました!」


 打って変わってそそくさと去る俺に、部長は「見ていろ」と笑顔を向けてくれた。


「武器がなくても、私ならここまでやれる」


 おぉ……さすがです! 部長!

 俺の目にも分かるほど、部長は膨大な魔力を集中させた。これから渾身の一撃が放たれるのだと、そう予感させた。

 が、どうも様子がおかしい。

 途端に、部長の魔力がしぼんでいく。

 心なしか、部長の唸り声も聞こえるようだった。


「あれ? 部長?」


 いや、部長は唸っていた。

 真っ青になった顔色。そこには、先程の余裕は見られなかった。


「こ、腰が……。変な体制で支えたから、腰がイった……」


 思えば、部長は50歳。

 身体のあちこちがメンテナンス必要で、ジジイに片足を突っ込んでいる年齢だ。

 く の字で重い攻撃を止めたから、痛めたんだ。コルセットを巻いて守ってきた腰を。さんざん酷使してきた腰を。痛めたというより、壊れた。

 

 ……どうすんの。もう、勝てないじゃん。


 再び立ち尽くす俺を、悪魔のもう片方の手が伸びてきて、掴んだ。

 このまま握り潰されて殺される。本能で死を感じた。

 しかし、この悪魔は生まれたばかりの赤子。何を思ってか、俺をいらなくなったオモチャのように放り投げたのだ。

 俺は、再び空の旅へと向かうことになった。


「あああああ――死ぬ――っ!」


 絶叫のなか、最後に見たのは、押しつぶされそうな部長の姿。

 そして、聞こえたのは、小さな独り言だった。


「田中君……行かないでぇ……」



 

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