第27話 静寂の夜明け
夜が明ける少し前、レオンはまだ暗い空の下で一人、村の丘に立っていた。足元に広がる草原は朝露に濡れ、ひんやりとした風が静かに吹いている。
戦いの喧騒が去ってから数日。第五書庫での事件は、ようやく王都の一部にも伝わり、混乱を残しつつも一つの終幕を迎えつつあった。
だが、レオンの心は晴れてはいなかった。むしろ、静けさの中でこそ、思考は深く沈み込んでいく。
──この世界で、俺は何を贖おうとしているのか。
かつて殺した数多の命。裏切った仲間。信じようとしながら信じきれなかった人々。そして、自らを憎んでいた過去の自分。
それでも。
今、彼の隣にはカレンがいた。あの日、命を懸けて共に戦った仲間もいる。そして、自分を必要としてくれる村の人々も。
「……レオン、朝日が見えるわよ」
背後からカレンの声がした。
彼女は旅装を整え、目元に少しの疲れを残しながらも、穏やかな表情を浮かべていた。かつて“神の器”と呼ばれた少女──今はただのひとりの女性として、レオンの隣に立つ。
彼女の指差す先、東の空に淡い光がにじみ出す。
それは、まさに夜と朝が入れ替わる瞬間だった。
◆ ◆ ◆
村では静かな日常が戻りつつあった。負傷した兵士や避難していた子供たちも、徐々に生活を再開している。
だがその裏で、王都からの使者が何度か村に訪れていた。
「第五書庫で起きた出来事……クラウスという男の動き……どうやら、これは組織の氷山の一角に過ぎないらしい」
そう語ったのは、再び訪れたガロンだった。かつての傭兵仲間であり、レオンを鍛え直した男。
「“秩序”と呼ばれる組織は、ただの暗殺集団じゃない。奴らは、古代の魔術や信仰を悪用して、世界を自分たちの理想へと変えようとしている。正義を騙り、罪を量り、人を裁く……自分たちが神の代理人だとでも思ってるのかもな」
レオンは黙ってそれを聞いていた。
クラウスの言葉。彼が最後に口にした“贖罪の祭壇”という言葉が、今も胸に引っかかっていた。
「贖罪の祭壇……そこに、俺たちの過去の答えがあるかもしれない」
そう告げたのはカレンだった。
彼女は、教会に伝わる禁書の一部を解読し、祭壇が実在することを突き止めたのだ。
「レオン、もしそこに真実があるのなら……向かわなきゃいけないと思うの」
レオンはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……分かった。だが、今回は俺一人じゃない。お前も、皆も巻き込むことになる。危険な旅になる」
カレンは真っすぐにレオンを見つめ、微笑む。
「それでも行くわ。だって……あなたが生きて贖う道を選んだから、私もあなたと同じ未来を見たい」
その言葉が、胸に温かく染み渡る。
夜明けの光が、村全体を照らし始めていた。
◆ ◆ ◆
旅の準備は慎重に進められた。
カレンのほか、ガロン、そして数人の仲間が加わる。イグナスも再び姿を見せ、「どうやら運命に呼ばれてるらしい」と苦笑しながら同行を申し出た。
「誰も死なせない。誰も、孤独にしない。──それが、俺の誓いだ」
レオンはそう言って剣を背に、仲間とともに村を後にした。
旅立ちの朝は、静かだった。
だがその静けさの奥には、確かに希望の光が灯っていた。
過去は消せない。
だが、過去と向き合い、未来を選ぶことはできる。
──それが、“贖い”という名の夜明けなのだ。
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