第14話 炎に誓う

 夜の帝都は燃えていた。


 貧民街に仕掛けられた火災は意図的なものだった。〈黒影〉の粛清。その炎はただ建物を焼くだけではない。人々の希望と、そして記憶までもを燃やし尽くそうとしていた。


 その中心に立つのは──仮面の男、ノワール。


「なあ、レオン。君はまだ、“贖罪”なんて言葉に縋ってるのかい?」


 炎の影の中、ノワールは軽やかに剣を振るう。


 その動きには無駄がない。かつてのレオンが叩き込んだ殺人術が、より洗練されて返ってきていた。


「……贖罪じゃない。俺は、守るために戦う」


「またそれか。君は、ずいぶんと甘くなったな」


 ノワールの剣が一閃し、レオンの頬をかすめた。鋭い痛みと共に、血が滲む。


 だが、レオンは退かない。背後には、命を託された人々がいる。燃え盛る炎の中、その意思だけが彼の剣を支えていた。


 ◆ ◆ ◆


 一方、エリナは白の盾の部隊を率い、貧民街の火災現場に到着していた。


 彼女はすぐさま命令を下す。


「避難を優先! 民間人を一人でも多く救出しろ! 加えて、〈黒影〉の動きを探れ!」


 部下たちは動き出す。だが、彼女の視線は一点を見つめていた。


 ──あの炎の向こう。


 そこに、かつての“婚約者”がいる。冷たい暗殺者ではなく、罪と向き合い、苦しみながらも前を向こうとする男。


 エリナの手が、剣の柄を握る。


「……今度こそ、あなたの隣で戦う」


 覚悟はできていた。


 ◆ ◆ ◆


 レオンとノワールの戦いは、火の粉が舞い、剣が火花を散らす中で続いていた。


「君は優しすぎるんだよ、レオン。殺し屋が“情”を持った時点で終わりさ」


「違う。情を持ったからこそ、俺はここまで来た」


「そうして足掻いて……君は何を得た?」


「──仲間を得た。守るべきものを知った。そして、自分自身を……」


 その瞬間、ノワールの動きが一瞬止まる。


 レオンは見逃さない。


 鋭く踏み込み、刃を交差させ──剣先がノワールの肩を裂いた。


 仮面が落ちる。


 そこにあったのは、若く整った顔。そして、その瞳にはほんの一瞬、迷いがあった。


「……俺の中にも、迷いはある。だがそれは、進む理由にはなる」


 レオンの言葉に、ノワールは口元を歪めた。


「……そうか。君は、もう俺の知っている“影”じゃないんだな」


 彼は剣を引く。だが、逃げる気配はなかった。


 代わりに──


「なら、君の信じる“正義”がどれほど脆いものか、試させてもらおうか」


 ノワールが指を鳴らすと、近くの建物から新たな火柱が上がる。


「ッ……!」


「帝都全土に火は広がる。さあ、守れるものなら守ってみせろよ、英雄殿」


 彼は煙の中へと姿を消した。


 ◆ ◆ ◆


 レオンが追おうとするその背を、しっかりとした声が止めた。


「レオン!」


 振り返ると、そこには炎を背にしたエリナの姿があった。


 銀の装甲は煤にまみれながらも、まるで光そのもののように凛としていた。


「ノワールは……?」


「逃げた。だが、帝都全域に火を放つつもりだ。これはただの粛清じゃない。“宣戦布告”だ」


「わかった。なら、私たちが応える番ね」


 エリナは剣を抜く。


 その刃は炎を映しながらも、冷たく静かだった。


「私たちは、帝国を守る。そして、あなたの過去ごと、正面から受け止める」


 その言葉に、レオンは小さく息を飲む。


「……本当に、それでいいのか?」


「ええ。あなたが罪を背負うなら、私はその“盾”になる」


 炎の中、誓いが交わされた。


 二人は剣を握り直し、迫る混乱の中へと駆け出す。


 これは過去と未来を繋ぐ戦い。


 そして、贖罪ではない。“希望”のための戦いだった。

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