第7話 裏切りの報せ
春の兆しがようやく村に届き始めたある朝、レオンは厩(うまや)で馬の手入れをしていた。
ガロンが留守にしている間、村の若者たちに剣術を教えたり、畑を手伝ったりしているが、こうした動物たちの世話も、彼にとっては心落ち着く日課のひとつだった。
ふと、背後で地を蹴る音がする。振り返ると、カイルが息を切らして駆けてきた。
「レオン、急いで……村の広場に!」
「何かあったのか?」
「騎士団が来た! それも、王都からの“直属”の騎士たちだ!」
レオンの心に、冷たい緊張が走る。
◆ ◆ ◆
広場には、馬に跨った数人の騎士たちが立っていた。その鎧は純白に近い銀で統一され、王都の紋章が肩に刻まれている。
その中心に立つ一人の騎士が、村人たちの前に進み出る。
「私は王国直属騎士団第二隊隊長、グレオ・バルハルト。ある重要人物の身柄を確保するために、ここミレナ村へ来た」
その声は低く、訓練された軍人らしい威厳があった。
「……レオン・アルヴァス。貴殿に、王都への出頭命令が出ている」
レオンが息を呑むと同時に、村の空気が凍りついた。
「出頭? 何のために……?」
「王都で起きた“盗賊団の壊滅事件”についてだ。貴殿が事件現場にいたという目撃証言があり、調査が必要と判断された」
その言葉に、レオンは瞬時に察した。
──あれは、数ヶ月前。
かつての仲間だった暗殺者たちが、盗賊団の姿を借りて王都郊外に潜伏していたのを、レオンが密かに殲滅した事件だ。
誰にも知られず、誰も助けられずに終えたはずだったが……。
「目撃証言、だと……?」
グレオは目を細める。
「さらに、貴殿が“元暗殺者”であるという記録も確認されている。……貴殿の存在自体が、王都にとっては不穏なのだ」
その瞬間、村の人々がざわめいた。
ミレナ村では、レオンの過去を知る者は少ない。だが、この言葉はあまりに直接的すぎた。
レオンは、一歩前に出て、静かに言った。
「……この村の人々には、関係ない話だ。俺は同行しよう。ただし、彼らを巻き込まないと約束してくれ」
グレオは眉をひそめたが、無言で頷いた。
レオンは木剣を置き、ひとりの村人として、騎士団の馬に乗った。
◆ ◆ ◆
騎士団の護送馬車での道中、レオンは同乗していた副官から、さらに驚くべき話を聞かされた。
「……“告発者”がいたんだ。お前の過去や行動を詳細に報告した者がな」
「告発者……?」
「お前の素性も、組織の名も、全て知っている者だ。王都にいた“協力者”だったとしか思えん」
レオンの胸に、ひとつの名がよぎった。
──イグナス。
自分と同じく組織から逃れ、村を出ていった元仲間。だが、あれは罠だったのか……?
いや、彼の表情や声に、偽りはなかったはずだ。だとすれば、他に誰が……?
もうひとつの可能性が頭をよぎる。
(……組織自体が動いている)
組織が王国の中枢に情報を流した。もしくは、すでに王国の内部に根を張っている。そう考えるほうが自然だった。
となれば、この出頭はただの“尋問”ではない。
──抹殺のための口実か。
◆ ◆ ◆
王都に入った日、レオンはかつての記憶が一気に押し寄せた。
石畳の通り、荘厳な城の塔、そして闇に潜む情報屋や裏通りの殺気。
あの頃の自分は、ここで血と暗闇の中にいた。
だが、今回は違う。剣を持たず、ただひとり、真実を求めて来たのだ。
レオンは謁見の間に通され、そこには貴族らしき人物たちと共に、グレオがいた。
「改めて問う。レオン・アルヴァス、お前は王国南部の盗賊団を壊滅させたか?」
「……はい。ただし、彼らはただの盗賊ではなかった。“あの組織”の一部だった」
貴族たちの顔色が変わる。
「証拠は?」
「ない。だが、俺は知っている。あの組織は王国内部にも浸透している。あなた方の中にも、すでに手が回っているはずだ」
その発言に、騒然とする室内。
そのとき、ひとりの男が扉の影から現れた。
「──ならば、証拠を持ってきたぞ」
それは、イグナスだった。
やつれた顔ながらも、確かに彼は生きていた。そして、手には数枚の文書と、封印された書簡があった。
「これは、組織の内部情報だ。俺が命がけで手に入れた。……レオンは嘘をついていない」
その瞬間、レオンの中に重く積もっていた疑念が、音を立てて崩れた。
(……信じて、よかった)
◆ ◆ ◆
イグナスの証言と資料によって、レオンへの告発は一時保留となり、逆に王国側が組織の浸透を再調査することになる。
ただ、レオンの過去が広く知られたことで、彼の立場は以前とは違ってしまった。
──それでも、彼は帰ると決めていた。
「俺の居場所は、あの村だけだ。もう逃げない」
王都の門を出るとき、イグナスがふと口を開いた。
「お前、昔と変わったな」
「そうか?」
「……ああ。でも、悪くない」
その言葉に、レオンは小さく笑った。
かつては命の奪い合いをしていたふたりが、今こうして並んで歩いている。
それこそが、贖罪の一歩ではないか。
レオンは、再び剣を握る。
──今度は、守るべきもののために。
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