試作品(修正前プロトタイプ)

ミナト

序章

 ――こんな大金、はじめて見た。


 蒼がそれに気づいたのは、中野にある兄のマンションに引き取られて、まだ二日目のことだった。

 キッチンと一体化したリビングと、二つの個室がある間取り。四畳半が蒼のもの、八畳間が兄のもの。


 蒼は、その兄の部屋で、作りつけのクローゼットに上半身を突っ込み、探しものをしていた。

 傍から見れば、扉に頭から飲み込まれているかのようだった。


 銀色のバーにかけられた服の下には、鞄や雑誌などが無造作に積まれたスペースがあった。その中に目当ての延長コードを見つけた蒼は、ごく素直にそれを引っ張った。


 けれど、動かなかった。

 奥でなにかが重しになっている。


 両手で服を左右に押しのけると、クリーニングのビニールが、がさりと鳴った。そして、最奥から万札がぎっしり詰まった紙袋が現れ――蒼は十二年の人生ではじめて、大金を見たのだった。


 蒼は、思わず耳をそばだてる。

 キッチンの換気扇が回る音だけで、他に物音はしない。

 兄の帰宅はまだのようだ。


 意識を紙袋に戻すと、帯こそついていないものの、その厚みから、二千万以上はあるだろうと蒼は察した。いくら子どもでも、これが「ただごとではない」ことくらいは理解できた。

 血の気がひいた蒼の顔は、白い。


 ――関わっちゃ、だめだ。


 蒼は、なるべく触れないよう肘で紙袋を押さえ、延長コードを引き抜いた。そして、クローゼットの扉をそっと閉じた。

 見なかったことにしよう。誰かになにかを聞かれても「知りませんでした」と答えよう――。蒼は、手に負えないことには蓋をしてきた。いつも。


 誰かにって、誰にだろう。

 警察とか税務署の人? それとも悪い大人?


 兄の身になにかあったら、今度はどこに行けばいいのだろう――、想像しただけで、蒼は足元が崩れるような錯覚を覚えた。四畳半の自室では、まだ荷解きも終わっていない。

 地元の駅で別れた母の、はしゃいだ声がよみがえる。東京で新生活なんて楽しみでしょう。いいねえ。よかったね、蒼。

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