聖剣を継げなかった少年は、魔剣と契りて暴君を志す

南木

第1章 魔剣エスペランサ

第1話 魔剣の目覚め

 銀髪の少年リクレールは、小さな部屋で一人泣いていた。


「マリア姉さん、ごめんなさい……僕が弱いから、聖剣を継ぐことができなくて……」


 アルトイリス侯爵家の生き残りだった二人のうち、姉のマリアは先の魔族軍との大規模な戦いで壮絶な戦死を遂げた。

 彼女の跡を継ぐのはわずか14歳の弟リクレールしかおらず、その上、侯爵家に代々伝わる伝説の武器『聖剣アレグリア』は、リクレールが次の主となることを拒んだのである。

 リクレールの代わりに聖剣アレグリアを継いだのが、別の侯爵家出身の、幼馴染の少女だったことは不幸中の幸いだったが、聖剣に認められなかったリクレールはあっという間に次期当主としての求心力を失った。

 家臣団は混乱しており、このままでは侯爵家自体の存続自体が危ぶまれるが…………この危機を乗り切るための力が、リクレールには絶望的に不足していた。


「僕にもっと力があれば、こんなことには……」


 そのような思いはあれども、今は蹲って泣くことしかできない。

 だが、そんなリクレールの頭の中に、どこからか声が聞こえてきた。


『力をお望みですか? 貴方が願うのでしたら、わたくしがお貸しいたしましょう』

「……!?」


 聞いたことのない、透き通るような女性の声だった。

 扉を閉めていたはずなのに、いつ誰が部屋に入ってきたのか、リクレールは驚いて顔を上げ、まるで捕食者を警戒する小動物のように慌てて辺りを見回すも人の姿は見当たらなかった。


『目の前の台座ですわ。下の引き出しを開けてくださいませ』

「え、こんなところに引き出しが?」


 リクレールが今いる部屋は、聖剣アレグリアを保管しておくための部屋であり、彼の目の前にある台座は聖剣を安置しておくためのものだった。

 聖剣の使い手ではないリクレールも一族の人間としてこの部屋に、何度か入ったことがあるが、台座の下に収納スペースが存在することは今初めて知った。

 リクレールが台座の下の僅かな窪みに手をかけて引っ張ると、果たして中には一振りの大剣が収められていた。


 全長はリクレールの身長を超え、やや赤みがかった濃い紫色で全体が染まった幅広の刀身と、柄に埋め込まれた紅の宝石が特徴的な大剣だった。

 聖剣アレグリアにも勝るとも劣らない気品に加え、底知れない恐怖心と同時に不気味な魅力を感じ、リクレールはしばらくの間息をするのも忘れて見入ってしまった。


『さあ、どうぞお手に取ってくださいませ。きっと、お気に召しますわ』

「僕が……こんなに大きな剣を?」

 リクレールは不安のあまり思わずごくりとつばを飲み込んだが、意を決して恐る恐る柄を手に取った。

 不思議なことに、自身よりも大きな剣を持ったにもかかわらず重量をほとんど感じず、まるでずっと使っていたかのように手に馴染んだ。


『ああ、やはり…………貴方様こそが、わたくしが待ち望んだお方。失礼ながら、お名前をいただいてもよろしくて?』

「僕はリクレール……リクレール・アルトイリス、です」

『リクレール様、ですね。ふふふ、素晴らしい響きですわ。あぁ、失礼、わたくしの名乗りがまだでしたわ。わたくしは―――』


 その声とともに、濃紫の刀身から黒いオーラが立ち昇って人の形になると、薄絹を纏い黒と桃色が混じった長髪の美女が現れた。


『わたくしは魔剣エスペランサと申しますわ』

「魔剣……エスペランサ?」


 突然目の前に現れた圧倒的な存在感と妖艶さを誇る美女を前に、リクレールはただただ圧倒されるばかりだった。


『貴方のお力になれると存じます。どうぞわたくしを、遠慮なくお使いくださいませ』

「僕に力を貸してくれるの? どうして? 僕は家臣たちにも聖剣アレグリアにも認められなかった。そんな僕に仕えても、エスペランサは……」

『ふふっ、リクレール様、貴方様はご自分のお力を過小評価しすぎていらっしゃいます。貴方様にはほかの方が持ちえない強みがございますわ。今はまだ形になっていないようですが、その才能が花開くのはそう遠い未来のことではないでしょう』

「僕の強み? そんなのが本当にあるの?」


 リクレールが思わず聞き返すと、エスペランサはその美しい顔をずいと近づけてきた。


『でなければ、わたくしがここまで惹かれるはずがありませんもの。そして、リクレール様に何が必要なのかも、理解しております。貴方様はお姉さまの仇を討ちたい、それだけでなく、あなた様の国と人々を護りたいとも願っている。違いまして?』


 エスペランサの美しい瞳に射抜かれてたじろきながらも、リクレールは彼女の言葉に強くうなづいた。

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