【仕込みノート:夏】

柑橘蜜と、弾ける風のレシピ


七月。

梅雨が明け、町中に陽射しが刺すような熱を連れてきた。

冷蔵庫にしまっておいた瓶を開けるだけで、部屋の温度が一瞬和らぐ気がする。


今年の夏ビールには、日ノ杜産の夏みかんの皮と、杉山の早採れ蜜を合わせることにした。

果皮の苦味と、蜂蜜のやわらかい甘さ。

相性は決していいとは言えないが、だからこそ“夏っぽさ”が出せる。


ビールに求められる「爽快感」は、

香りや泡ではなく、“温度が上がっても口に残らないこと”だ。


味を「残す」のではなく、

記憶だけを残して、すっと喉を抜けていく感覚。


➤ スタイル:ラガー(低温長期発酵)

➤ 温度管理:9.5℃で14日→炭酸生成

➤ 香味調整:柑橘皮は低温抽出→蜜を後添加で香り固定

➤ 注意点:強炭酸のため瓶内二次発酵タイミング注意


仕込みの途中で、少しだけ味見した。


柑橘の渋みが舌の奥に残り、泡が舌の側面ではじけていく。

蜂蜜の甘さは最初だけ。

すぐに消えて、あとには何も残らない。


なのに、香りの“余韻”だけが、ずっとそこにいた。


目を閉じると、駅前で風鈴が鳴っていた夏の日の記憶がよみがえった。

汗をかきながら一気に飲んだ、氷の入ったジュースの清涼感。

あのとき、母がくれた絞ったばかりのレモン水の味。


「……このビールは、“一瞬の風”だな」


泡はあっという間に消える。

でも、それでいい。

夏の記憶は、長く残らなくていい。

ただ、ちゃんと“風が吹いた”と思えればいい。


ノート記録:夏

「香りは、舌に残すものじゃない。

鼻の奥で弾けて、記憶の棚にだけ残せばいい。

夏のビールは、余韻の軽さで決まる。

泡が残らなくても、それは失敗じゃない。

“一瞬で、思い出になること”——それが夏だ。」


◆ イラスト欄:


グラスのふちに乗った夏みかんのスライス


泡が弾ける「パチッ」の擬音付き断面図


「夏の風は、味じゃなくて音」という落書きメモ

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