二人の朝食
浴室からドライヤーの音が聞こえてくる中、テーブルに2人分の朝食を並べる。
「米、問題なし。ほうれん草、少量なら問題なし。鮭の塩焼き、問題なし。味噌汁……玉ねぎは入れてない。よし」
手元のメモを見ながら一つ一つ指さし確認。買出しの段階で十二分に注意していたが、最終確認は重要だ。
「シャワー、ありがと。高木くんは朝ご飯食べてなかったの?」
ちょうど確認が終わったタイミングで円香がリビングに入ってきた。美しい黒髪はやや水気を帯びて頬に張り付いている。
「姉さんと一緒の時間に食べると昼休み前にお腹が空くからね。あえて時間をずらしているんだ」
「お腹が鳴るの気にするタイプ?」
「それは気にしないが、授業に集中できないのは良くないだろう。僕は一応、特待で通わせてもらっている身だし」
普段姉が座っている席を手で示した。2つ分の椅子を引く音が重なり、一拍置いてから2人分の「いただきます」の声が重なった。
味噌汁の入ったお椀を手に持ったまま円香の反応を伺ってみる。箸で鮭をほぐす彼女は少しだけ頬を緩ませているように見えた。
「鮭、好きなのか」
「え? どうして」
「いや、なんとなく」
「私、そんな顔してた?」
自覚はなかったようである。円香は気恥ずかしそうに手で顔を仰いだ。
「誰かとご飯を食べるのなんて久々だったから、ちょっと嬉しくて」
「昼休みに一緒に食べる人いないのか」
「クラスの人とは距離を置くようにしてるのよ。あまり人と親しくしすぎると、人から話かけられやすくなるでしょ。日没まで猶予のないときに話しかけられるのは困るから、その予防」
それにね、と円香は続けた。
「この体の秘密を隠していると、どうしても失礼な人付き合いをする必要が出てくるわ。話の途中で立ち去ったり、せっかくの誘いを毎回断ったり、もらったものを捨てなきゃならなかったり。私は仲良くしてくれた人にあまりしたくないから。だったら、最初から、ね」
また一つ、新たな猫化の弊害が浮上する。
家に一人で帰ることもできない。好きな食べ物を食べることもできない。ペンを握って勉強できない。人間関係を築くこともできない。そしてこれが見ず知らずの誰かが願いを叶えた代償だと言う。
あまりにも理不尽な仕打ちだと結弦は思った。
「関。君さえよければ今日も泊まっても構わないが、どうする?」
寂しげに語る円香の姿を見て、自然と、結弦の口からそんな言葉が飛び出る。
「あら、今日はちゃんと私の体を見たいってこと?」
「ちげえよ」
やましい思いはないときっちりと否定すると円香はむっとした顔をした。
「あら、それはそれで失礼じゃない? 一応、年ごろの女なのですけれど」
「それは……」
一理ある。しかし、見たいというのは別に本心ではないし、本心だったとしてもストレートに伝えるのは良くない気がする。どちらが正しい振る舞いなのか円香の方を見てみると頬を緩ませてこちらを見ていた。もちろん、意地の悪そうな笑みである。
結弦はため息を吐いた。揶揄われてると気づいた途端、頭もさえてきた。無理に円香のそもそもの自分の考えを述べておこう。
「君が生徒会室よりまともな寝食の場を望むなら、提供してもいい。そう思っただけだ」
「そう。高木くんがいいと言うのなら、頼りにさせてもらうわ」
円香はほぐした鮭をご飯の上に乗せ、一口分としては少ない量を口に運ぶ。
「おいしいわね」
「どうも。まあ、鮭の塩焼きなんてまずく作る方が難しいけど」
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