🍯第3章|見えない香りを探して
第7話 「言葉にならない想いを詰めて」
「……なんか、ちがうんだよね」
試作品を前に、葵がぽつりとつぶやいた。
目の前に並んだのは、小さなガラスカップに入った蜂蜜プリンたち。
アカシア、レンゲ、栗蜜……ベースの蜂蜜を変えて、焼き方も調整して、
ようやくできあがった“はず”のもの。
だけど、なにかが、足りなかった。
「甘さはちょうどいいと思う」
沙良が言う。
「食感も、すごくなめらか。
でも……“想い”がまだ、入りきってない感じ」
“想い”って、なんだろう。
料理に入る“気持ち”なんて、曖昧すぎてつかめない。
「思いだけじゃスイーツはできないけど、思いがなきゃスイーツにならない」
葵が好きな風鈴屋・さやかの言葉だった。
でもその“思い”を、自分はちゃんと持っているだろうか?
その夜、帰宅した葵は、台所で果物の箱詰め作業をしていた父と顔を合わせた。
「文化祭の企画、そろそろ忙しいんだろ? 家の手伝い、減らしてもいいぞ」
父は、言葉だけはやさしい。
けれど、その奥にある“気遣い”が、葵には少し痛かった。
「……手伝うの、イヤじゃないし。
町のことも、農園のことも、好きだから」
「好きでも、それだけじゃ仕事にはならない。
やるなら、結果出せ。中途半端に“地元が好き”って言われてもな」
父は悪気はない。
でも葵には、その言葉がまるで柊の言葉と重なって聞こえた。
——“好き”だけじゃダメなのか。
“思い”は、いつまでたっても、ただの飾りなのか。
葵は声を出さずに深く息を吐いた。
「……じゃあ、“結果”って、なに?」
「ちゃんと売れるもんを作る。
誰かが“また欲しい”って言ってくれる。
それが“形”だ」
言い返せなかった。
わかってる。わかってるけど——それだけじゃ、言い切れない。
夜、自室の机の上で、葵は再びプリンを試食した。
でも、どの味にも“しっくりこない”違和感が残っていた。
「……言葉にできない、この“なにか”ってなんなんだろ」
思わず、プロジェクトノートに手書きで書いた。
《言葉にならない想いを、どうしたらスイーツにできるんだろう。
口に入れた瞬間、“ああ、これだ”って伝わるようなもの。
私が感じてきたこの町の味。季節の香り。誰かの優しさ。
全部を、ひとくちに詰め込むことなんて、本当にできるのかな?》
その文字の隣に、無意識に描いていた。
小さなスプーンの絵と、そこに乗ったプリンの輪郭。
“まだ完成してないのは、たぶん味じゃなくて、私自身なのかもしれない。”
夜は静かだった。
でも、その静けさのなかで、葵の中の“迷い”が少しずつ形を変えていた。
それは、まだ見えない香りのように、
でも、確かに漂いはじめていた。
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