第44話:リレーのアンカー
※蛇蝎マムシ視点
「ふわー。美味しい。絶品だよ」
「むう。金かかってますね」
「美味いのはその通りだが」
「いっぱい食べてくださいませ」
俺様は不愉快だった。っていうか俺様だけじゃなく、学校全体の男子生徒が不機嫌だった。体育祭は前半が終わって昼休み。グレートスリーの三人はよりにもよって生蔵と食事をとっている。しかも多楠ヘブンの用意したお弁当で。
クソがぁ。生蔵の分際で俺様の所有物であるグレートスリーと一緒に御飯なんて許されねえ。そもそもあんなモブに気を惹かれるグレートスリーの頭の中を覗いてみたくなる。
こうなったら生蔵に恥をかかせるしかねえ。後半のプログラム。学年総合リレー。そこで恥をかかせてやる。俺様はこれでも足が速いからな。いくらでも速度出せるぜ。借り物競争で何のつもりか鞘身をお姫様抱っこした時は沸騰しかけたが、それでも想定内。俺様の方が足が早え。そうして一個だけ命令する権利を手に入れる。もちろん命令するのはグレートスリーとの接触禁止。あれは俺様の所有物だ。モブである生蔵にはふさわしくない。
っていうか? リレーのアンカーで圧倒的スピードを出した俺様にグレートスリーが一目惚れする未来まで見える。今だけ儚い幻想に浸っていろ。その女たちは俺様のものだって思い知らせてやる。
「多楠会長。大丈夫かい? 仕事が忙しそうだけど……」
「平気ですよ。生徒会メンバーが頑張ってくださいますので」
「俺様を頼ってくれていいからね? いつでも君を補佐するよ」
「……おぇ」
何やら乙女っぽくない息遣いが聞こえたような。
「じゃ、頑張って。俺様もベストを尽くすよ」
「そうですか」
バカ女め。また会社を危機に陥らせたいのか? 俺様に靡かないと不幸になるってもうわかっているだろうに。学習しないという意味で多楠はバカ女の代表だ。
「黒金さん。汗を拭いたほうがいい。疲れもたまってきただろ?」
「あー、そうですね。そうしましょう」
そして俺は黒金に声を掛ける。爽やかに心配するふりをして落とす方向で。そもそも既に黒金は詰んでいる。高利貸しから金を借りている時点でアウト。俺は借金を抱えて泣きつく黒金を待っているだけでいい。自動的に黒金は俺様のもの。
「俺のタオル使うかい? お茶くらい奢るけど」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
まぁいい。このバカ女は放っておいても自滅する。となると唾をつけるべきは。
「鞘身さん。ストーカーに温情をかけるのは止めるんだ」
最後のバカ女。鞘身ハオリだろう。こいつは俺様がせっかく生蔵の顔でストーカーをしてやっているというのに、いまだに俺に泣きついてこない。どうなっている。生蔵がストーカーではないと認識している……のか? だがあのペルソナイズを積極的に使っているのなんて生蔵くらいしか。
「ストーカーされるくらい愛されてるってことだよね」
なるほど。鞘身さんはストーカーについて肯定的らしい。であれば生蔵のストーカーについて寛容であるのも頷ける。愛され系の存在であるがゆえに、あたまの恋愛のネジも二、三本抜け落ちている感じか。あれ? そうすると俺様が直接ストーカーすれば万事解決か?
「最後の種目。学年総合リレー。見ていて。俺様の勝利を君に捧げるよ」
「いえ、要りません」
「俺様の勝利が要らない?」
何言ってんだ。頭大丈夫か。
メゾンタクスの社長令嬢である多楠を除いて、俺様よりも金を持っている生徒はいねえ。何せ俺様は選ばれし者の証である
「蛇蝎せんぱーい! 頑張れー!」
女子が黄色い歓声をあげる。これだよこれ。この俺様へのリスペクトがグレートスリーには足りないんだ。俺様はイケメン。女子ならだれでも惚れるべき存在。だから俺様だって女子に寛容であるのだから。学年別百メートル走で俺様は一位。
「蛇蝎先輩! すっごいかっこよかったです!」
「マジなんでも出来ちゃいますよね。先輩って」
「あーし惚れちゃそう。やば。本音出ちゃった」
「はは、じゃあ打ち上げはしようよ。俺のおごりでいいからさ」
「蛇蝎先輩って懐深いよねー」
「そんなだから女子に惚れられるんですよ」
「罪な先輩」
それほどでもあるがな! 俺様は選ばれしものだから。
そうして学年総合リレー。体育祭最後の種目。もっとも得点が配分されているので負けているチームでも逆転が可能。だがそれより何より。
「生蔵。約束は憶えているな?」
「何かありました?」
「忘れたのか!? 俺様が勝ったら一つだけ命令を聞いてもらうぞ」
「文面に書いてないのでノーカウントで」
とか言っていると既にリレーは始まった。学年総合リレーなのだからチームの垣根を越えて本気で速い人間だけを集めたリレーだ。一人を除いてな(笑)。俺様が生蔵クラスの一部に働きかけたのだ。生蔵を学年総合リレーに出すことで恥をかかせようぜと。それに乗った男子どもは俺様の計画通りに動いた。グレートスリーが生蔵にメロメロであったことも一因だろう。学年総合リレーで生蔵が敗北すればチームの悔しさは生蔵に向かう。そうすれば恨まれるのは生蔵だ。冴えすぎだろ俺様。
「じゃあお先にね」
バトンを受け取って、俺様は走り出す。女子の黄色い感性が聞こえる。俺様を応援しているようだ。気持ちはわかるぜ。俺様のチームはトップ。これはもう勝つべくして勝つ勝負だ。俺様に惚れている女子たちにいいところを見せて、華麗に俺様が優勝する。それ以上の現実なんて存在しないのだから。と思っていたら声援が消えた。
「え?」
「は?」
「何?」
周りがどよめいている。なにか想定外の事があったかのように。
「速いぞ!」
「ちょ! 待っ!」
「理解が追い付かないんだけど!」
「マジかよ!」
何の話だ? ゴール目前。俺様がゴールテープを切るより先に。「失礼」隣に抜き出た生蔵がゴールテープを切っていた。
「…………は?」
生蔵がトップ? 俺様を抜いて? 何の冗談だ? だってあいつは俺様が仕掛けただけで運動も出来ないモブ顔なんだぞ? リレーのアンカーになんてまるで向いていない雑魚に過ぎないはずで。
「ゴォォォォォォルッッッ! 一着は白組! この時点で白組の総合優勝が決まりました。なお二年の部でも同じく白組が優勝となります! さすがですわツルギ様ー!」
俺の理解が追い付いていない状況で、なにやら多楠がペチャクチャ喋っている。ちょっと待て。俺様に時間をくれ。俺様が敗北した? このゴミにも劣るモブ野郎に? 俺様より足の速い生徒なんて陸上部にしかいないはずだろ?
「クソが! ゴミムシどもめ!」
ゴミ箱を蹴っ飛ばす。優勝を逃して結果として俺様は貶められた。こんな結果があっていいはずがない。そうだ。これは俺様のチームメンバーの責任だ。あいつらがもっと距離を離していれば、こんな結果にはならなかった。俺様は悪くない。足を引っ張った屑どものせいだ! グレートスリーの前で俺様に恥をかかせるとか割腹モノだぞ!
「ツルギ~。かっこよかったですよ? 惚れ直しちゃいました」
「やっぱりツルギ様は持っていますわ。焼肉に行きましょう。もちろん御代はいりませんわ」
「ツルギくん怠そうな顔してやるんだから。やるときはやる男の子ってホント好き」
あああああクソが! その立場は俺様のものだ! グレートスリーにチヤホヤされる権利を持つのは俺様だけだ! 生蔵のゴミ野郎めぇぇぇぇ!
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