第31話 俺の心はもう決まってるよ



「響司さん、ここに来た初日にそのこと俺に聞いたでしょ?

昨日も……いやこの一ヶ月間、多摩区のみんなに

研究所のことを聞き出してたし」

 

「ご明察。目敏いね、キミは」

「…響司さんは、なぜその研究所に興味があるんスか」


「家業のためだよ」

「家業?」


「我が白鳥家の家業は、代々所有する不動産から得た収益を

社会に有用とされる事業に投資することなんだ。

父の代から自ら事業を立ち上げ、デブルス清掃用具の自社開発も行っている。

この多摩区のどこかに埋もれている登戸研究所のデータには、

製品開発に活かせるものがあるのではないかと踏んでね」


「でも研究所は二十年前、火事で焼失したんですよね」

「メインの研究棟はね。ただ、研究データ管理棟の場所は最高機密とされている。

分かっているのはこの多摩区の何処かにあったという事だけ…

私が探っているのはそこさ」

 

「はぁ~なるほど。ちゃんとした理由があったんですね」

浄は心底感心して言った。


「テメーくらいなんだよ。なりゆきでこんな面倒な仕事に手ェ着けんのは」

鐵也が心底忌々しげに言う。


「やだ~照れちゃう」

「ひとつも褒めてねェんだよ!」


 響司に「仲よしだね、キミたち……」

と生暖かい目で見られていることに気づき、

浄は「てへへ」とゆるんだ態度。鐵也は険しい顔で鋭く舌打ちした。

 

 「……少々脱線したがとりあえず、

清掃兵器使用は避けられない事態となった。

それは確かなんだ」


響司は襟を正して言う。浄と鐵也も神妙な顔に戻って頷いた。


「名目上は『新型清掃兵器のテスト』であるらしい。

こちらは黒幕とは本来無関係だが、以前から打診されていたものを

丁度いいので利用されたと考えてよさそうだ」


「じゃあ、黒幕が逮捕されても清掃兵器の使用は予定どおりって訳スね」

「そこも計算ずくな感じですね…周到だな」


 ともかくここまでの経緯で明らかになったのは

『清掃庁上層部の汚職』

『三日後の清掃兵器使用は避けられない』

それが動かしがたい現実だという事だった。

浄は初歩的な疑問にふと気づき、響司に問いかける。


 「ところで清掃兵器ってどんなものか知ってます?

デブルスって核兵器も効かないんでしょう?」


「人だよ」

「人?」


「正しくは人造人間だ。

常人離れした清掃力を持つべく遺伝子操作された…ね」

「世も末だなァ……今に始まったことじゃないが」


鐵也の声が常よりも重い。


「以前、その清掃兵器の作業映像を見たことがある。

凄まじいものだったよ……あれは人間の形をした爆弾だ。

兵器の名にふさわしい。何しろ2型デブルス核もろとも

小豆デブルスに侵蝕された十勝平野全土を、

一夜にして焦土にしてしまったのだから」

「そんなものを多摩区で使ったら……」

「多摩区全域が一瞬で焼野原になるね。ぺんぺん草も残らないだろう」

「ただしデブルスは隕石から塵ひとつに至るまで、すべてが完全に浄化される。

威力は絶大。反面、失うものが多すぎる……か」

「美意識がないよ。業務用洗剤を希釈せずブチ撒くような蛮行だ」


 窓の外から、さわさわと葉擦れの音が聞こえた。

秋村梨園の梨の木も、生田バラ苑のバラも

わずかな日光を取り入れんと今も懸命に枝を伸ばし、葉を茂らせている。

三日後、わが身に降り掛かる残酷な運命など知るはずもなく……。


浄は特スイブレスの時計に目を落し、言った。


「今、区役所で住民説明会が終わりましたね」

「特務清掃員の我々に何の説明もないのなら、多摩区民の皆さんにはもっと

中身のない説明しかなかったのだろうね」


黙っていた鐵也がようやく口を開いた。


「……ただその分、各世帯への補償はかなり手厚くするはずだ。

兵器使用後、向ヶ丘2型が消えてまっさらになった多摩区に戻ることも

認めりゃ、断る理由は何もないと思えるくらいにはな」


「ほとんどの区民は喜んで応じるだろうが…我々の依頼主はどうだろうか」

「金勘定だけの問題じゃないスからね。ましてや

梨の木もバラも新しく植え直せばいいってモンじゃねェ」

 

 浄は何も言わずにコーヒーを飲んでいる。

響司と鐵也はそれを意外に思った。


「……テメーはどう思うんだよ」


鐵也の問いに浄はひと息置いて応える。


 「俺の心はもう決まってるよ」


 浄は掌で包んだカップに視線を落としている。

コーヒーの黒い水面に細かなさざ波がいくつも生じる。

通常、何があろうとコーヒーカップの内に生まれるはずのないそれは、

彼の清掃力の顕われだ。



「これから俺達が何をすべきかも、全部」



 三つの視線がぶつかった。そこで浄のスマホが鳴る。

短く二三応答すると、浄は通話を切り立ち上がった。

鐵也と響司を改めて見る。


「秋村さんから。区役所まで三人で来てほしいって」

「……承知したよ」

「しゃーねェ……行くか」


 三人は秋村梨園の戸締りをし、多摩区役所までの徒歩数分の道のりを歩いた。

特務清掃員としてこれから何をすべきか。

どうすることが依頼人の希望を真に叶えることになるのか。

その方法の全てを彼らには分かっていた。



しかしそれを提案した時点で、

依頼人がこの契約を打ち切るだろうという事も…。











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