第11話 そんな気はしてたんだよ…!
同日夕方 秋村梨園
祖父と共に悪徳清掃会社に誘拐されたものの、
浄の手によって解放された郁実はひとり梨園に佇んでいた。
もうすぐ午後のデブルス粉塵が飛び始め、マスクや防護服が必要になる。
それでも家に入る気にはなれなかった。
───まだ掃除が終わってないから。
そう言ってバイクでどこかに走り去った浄の帰りを待っているのだ。
長十郎は居間で横になっている。
今回の件は、さすがに老体に堪えたのだろう。
「遅いよ、何やってんの……浄さん」
郁実の唇から苦々しい呟きがこぼれる。
そこにエンジン音が近づく。
見ると、浄のバイクが梨園の入り口に停まった。
しかしシートに主の姿はない。
ハンドル中央にくっついていた丸い物体が
ぽよんと跳ねてバイクから分離した。
「マメちゃん?浄さんは?」
マメ公のカメラアイが白く光り、玄関前の空間に照射される。
ボゥン…と不自然な空気の揺れが郁実の鼓膜を震わせた。
「な、なに?!」
マメ公が光を当てた場所…つまり郁実から数歩離れた先の
空間が波紋めいて揺らいでいる。
揺れる空間の狭間から、黒い装甲に包まれた腕がにゅっと突き出た。
聞き覚えのある声が遠くから響く。
「……そこに誰かいる?ごめん、ちょっと引っ張って……」
「浄さん?!」
郁実は慌てて腕に取りつき、全体重をかけて外に引っ張った。
しかしビクともしない。
「うわ何これおっもい!!おじいちゃーん!手伝って!」
「郁実?!なんだどうした!」
郁美の声に玄関から長十郎がよたよたと走り出た。
大きなカブよろしく二人掛かりで異空間収納から浄を引き摺り出す。
おまけにアタッシュケースが三つほど、一緒に転がり出た。
浄の身体が地面に倒れ込んだ瞬間、黒い装甲はナノ粒子に霧散し消えた。
Tシャツとジーンズに革ジャンを羽織ったいつものいで立ちだったが、
そこから覗く肌は真っ白だった。完全に血の気を失っている。
翔吉も同じような有り様になって寝込んでいたことがあった。
郁実はその時の翔吉の言葉を思い出した。
『清掃力=生命力・精神力なんだって。
使い過ぎると命を削るから、使いどころをよく考えろって
教官から厳しく言われたよ』
郁実は戦慄した。
「バカ!!無茶しないでって言ったのに!!」
「浄さん、待ってろよ。すぐ医者を…」
「いや、いい。……寝てりゃ治るよ」
「でも!」
「ごめん……郁実ちゃん、秋村さん」
黒い前髪に阻まれ、郁実から浄の表情は見えなかった。
「ショーちんは……」
そのおよそ彼らしくない声音から、郁実と長十郎は改めて思い知った。
先ほどのデブルス穴での一件。
そこで明らかになった過酷な現実がふたたび押し寄せる。
翔吉は本当に、もうこの世にはいないのだ。
二人の瞳から涙が溢れた。
「いいの。謝らないで!」
「そんな気はしてた。そんな気はしてたんだよ……!」
「……ごめん」
すすり泣く二人に、浄は慰めの言葉ひとつ言えなかった。
***
梨園でぶっ倒れた浄を支え、どうにか屋内に運んだ長十郎と郁実。
浄は二時間ほど昏倒していたが、今は布団から上身を起こせるくらいには快復した。
そして生田緑地と久地のナマダ清掃本社で起きた事を二人に話したのだった。
長十郎と郁実はそれらの事実を改めて噛み締めた。
「翔吉……!!」
「ショーちん……!!」
つらい真相を突きつけられても長十郎と郁実は、
取り乱すことなく気丈だった。
そんな気はしていた、という長十郎の言葉がすべてなのだろう。
「ナマダは清掃庁公安と警察につき出した…後は法的に裁かれる。
ニュースにもなるだろう。まあ廃業するしかないだろうな」
「そうか……じゃあもう二度とナマダに悩まされる事はねえんだな……」
「ああ。だがこの状況を放っておけば、また別の悪質清掃会社が
どっからか流れてくる」
「確かにね……」
「結局はあの隕石……『向ヶ丘2型』をブッ潰すしかないのさ」
「そうだな。でなきゃ翔吉も浮かばれねえや」
「……」
途方もない話に思えた。
だが、この男が『できる』と言えば
不思議とできるような気になってしまう。
(ショーちんがいた時と同じだな……この感じ)
郁実は安堵と心配が渦巻く胸の内をひさびさに味わった。
もちろん翔吉の不在を埋めるには至らなかったが。
鼻をすすっていた長十郎が居住まいを正した。
「翔吉の事にナマダが無関係なはずはねえって分かっちゃいたが、
俺達にゃどうする事もできなかった。
事を公にできたのは全部あんたのお陰だ。ありがとうよ、浄さん」
「本当にそう。……ありがとうね」
並んで頭を下げる長十郎と郁実を、浄は慌てて制した。
「よしてくれ。俺は俺の仕事をしただけさ」
浄はいつもの調子のいい笑顔を見せたが、その顔色は青白いままだった。
「とまあ……今日のところはここまでだ!もう休もうや!
さすがに老いぼれにゃハード過ぎる一日だったよぉ。風呂沸かしてくらぁ」
長十郎は努めて明るく言い放ち、浄に横になるよう促した。
郁実も腰を上げる。
「ゆっくりしてて浄さん。すぐ晩ご飯用意するから」
「いや~上げ膳据え膳でチヤホヤされて、いい気分だね」
調子よく軽口を叩きながらも、浄の顔色はまだ冴えないままだ。
おそらく誰もいなくなった後は一人でぐったり横になっているのだろう。
翔吉がそうだった。なのに自分は何もしなかった。
郁実はひそかに唇を噛んだ。
ポポポ……
電子音と共に宙を泳ぎ寄るマメ公に気づくと、郁実は慌てて笑顔を見せた。
「マメちゃん。浄さんに何かあったらすぐ呼んでね」
郁実の言葉に、マメ公は軽快な電子音声をピロンと響かせた。
そして彼女はエプロンを引っ掴み、台所に急いだ。
***
『文句があるなら鎌倉に帰れば?
両親が死んだのはあたしだって同じだよ!
それをなに?いつまでもウジウジと…情けない男!!』
『学校まで送ってくれるの?いいよ。恥ずかしいじゃん』
『ショーちん、ほんとに清掃大学受かったの?へえ……』
『まさかショーちんが特務清掃員だなんて。なんか信じられないなぁ』
『はいお弁当。デザートは梨だよ。…も~大袈裟なんだから。喜び過ぎでしょ?』
深夜、郁実は目を覚ました。
耳栓を外すと風の音がしない。静かだった。
ベッドから起きてカーテンを開けると、満月で夜空が明るい。
一ヶ月に一夜か二夜、デブルス嵐の止む夜があるのだ。今夜がその晩だった。
喉の渇きを覚えて階下に降り、台所で水を飲んだ。
ふと、耳にかすかな音色が届く。
ギターだ。
聴いたことの有るような無いような……
記憶のふちをなぞるような調べ。
誘われるように、郁実はサンダルをつっかけて庭に出た。
梨園には休憩用のベンチ代わりにビールケースを置いている。
近所の酒屋が廃業した折にもらった物だ。
その一つに座る後ろ姿が見えた。
革ジャンの背中に六本の脚を広げた蜘蛛の意匠が見える。
「浄さん」
名を呼ばれた男は振り向いた。
月明りの下でも、その端正な顔は先ほどより血色よく見えた。
「うるさかった?ごめんね」
「ううん。もう起きてていいの?」
「頑丈なのが取り柄だから」
「そう……」
郁実は浄の隣のビールケースに腰掛ける。
「ギター、上手だね」
「これでもプロだからね。一曲弾こうか?」
「いいの?」
「可愛い子には無料でサービスだ。リクエストあるかい」
「うーん……静かな曲なら何でもいいよ」
「りょーかい」
ひと呼吸置いて、浄はギターをつま弾いた。
その曲は郁実にも聞き覚えのあるものだった。
ほどよく淡々と、しかし静かな情感の籠もった歌声とギターの音色に
郁実は黙って耳を傾けた。やがて演奏が終わる。
ややあって彼女は、小さくあたたかな拍手を浄に送った。
「ありがとう……いい曲だね」
「伝説の名曲だからね」
「『あの日に帰りたい』…か、本当にそう」
「……」
「何度も思うよ。ショーちんがいた頃に戻れたらって」
浄はただ黙って郁実を見つめた。
「あたしはこんなだから、
ショーちんに優しい言葉をかけたり、全然出来なくて。
明日は優しくしようってぐずぐずしてたら……このザマ」
「ごめんね」
「えっ?」
「俺がもっと早くここに来ていれば……ショーちんを救けられたのに」
郁実は浄の横顔を見た。
大袈裟に悲しんでいる訳でもなく無表情に近い。
けれどその微かな表情に郁実は親しみを覚えた。
安い映画じゃあるまいし、悲しみも怒りも…愛情ですら、
万人に分かりやすく表現できるようなものではないのだから。
「浄さんは、なんでウチのためにここまでしてくれるの」
さっきまでの神妙な面持ちはどこへやら。調子のよい表情に戻ると
浄はパチリときれいにウインクした。
「君が好きだから」
「ふざけないでよ」
唇をとがらせる郁実に浄は苦笑する。
「ふざけてないよ……
まあこれが特スイの仕事だからって言えば、
納得してくれるかな」
「無茶するのが特務清掃員の仕事なの」
「場合によってはね。それに好きで無茶してるんじゃないよ。
結果的に無茶する羽目にはなりがちなだけ」
少しの沈黙の後、郁実はうつむいて告げた。
「浄さん、もういいから」
「……」
「これ以上、もういいから。明日の朝出て行って」
「俺にショーちんみたいになって欲しくない?」
「そうだよ!!悪い?!」
郁実は立ち上がり浄に向かって叫んだ。
「ショーちんもそうやって無茶して!!帰ってこなかったの!!
早起きしてお弁当作ったのに!デザートに梨までつけてあげたのに!
帰ってこなかった!」
「郁実ちゃん……」
「もうイヤなの!!同じ思いするのは!!」
激しく訴える彼女の頬は涙に濡れていた。透明な雫が次々と瞳から零れ落ちる。
浄はビールケースに腰掛けたまま、静かに彼女を見上げた。
その眼差しは真摯だった。
「つらかったね」
「……」
「そんなに自分を責めないで」
「……だって」
「俺がこの件に関わったのは完全になりゆきさ。あと下心もある」
「下心あるんだ」
「そりゃあね。俺がそんな聖人君子に見える?」
「……」
「まあ、人にもよるけどさ。
好きな女の子に褒めてもらったり
喜んでもらえたり、尊敬されたり、頼りにされたり……
俺にとってそれは、ものすごく大事なことなんだよ。
命のひとつやふたつ平気で懸けられるくらい」
「……」
「たぶんショーちんも、そうだったんじゃないのかな」
『まさかショーちんが特務清掃員だなんて。なんか信じられないなぁ』
『なんのなんの。これくらい余裕だよ!』
『すごいじゃん。まあ頑張ってよね』
『当然!多摩区で毎日青空見られるようにしちゃうからさ!』
あの時の翔吉の笑顔が郁実の脳裏によみがえる。
気難しい郁実や長十郎に褒められたのが、よほど嬉しかったのだろう。
本当に本当に屈託のない、まぶしいほどの笑顔だった。
郁実はたまらず泣き崩れた。
浄はビールケースから立ち上がり、彼女をその胸に抱きしめる。
嗚咽する郁実の栗色の髪を浄の掌が優しく撫でた。
少しの沈黙のあと、彼は囁いた。
「……俺じゃ駄目?」
「……」
「俺じゃ、ショーちんの代わりにはなれないかな?」
優しい男だと郁実は思う。
おそらく翔吉に負けないくらい。
取り入っても何の得もない貧乏梨園のために体を張り、
こうして心に寄り添ってくれている。
それでも。
「ごめんなさい、あたし…ショーちんが好きなの」
真心を尽くしてくれる優しい男に、郁実は嘘をつけなかった。
「ショーちんじゃなきゃ、駄目なの……」
それが偽らざる本心なのだ。
どんなに優れた人間でも、どんなに金や地位のある人間でも、
誰であっても翔吉の代わりにはなれない。
郁実の瞳からさらに涙が溢れる。彼女は激しく嗚咽した。
小さな背中を震わせる郁実に、浄は黙って胸を貸した。
「そっかぁ……」
そのつぶやきには優しい諦めが寂しく滲んでいた。
満月の静かな光が、慰めのように降り注いでいた。
***
川崎港 高層ビル屋上 深夜
川崎港と京浜工業地帯を臨む六十メートルの高層ビル。
その屋上は原則として関係者以外立入禁止である。
元より常に吹き荒れる強風とデブルス雲で、
一般人が景色を楽しめるような場所ではない。
加えてここには数日前から飛行型デブルス獣が群れで棲みついており、
困り果てたビル管理会社が清掃庁に駆除申請を出したのだ。
幾重にも光の筋が走り、数多の隕石は音もなく真っ二つに割れた。
飛行翼を持つヘドロめいたドス黒い物体…デブルス獣は力の源を失い
白く輝く光の粒に変じて、闇夜に吸い込まれて行った。
『 清掃完了 だワン! 』
宙を旋回するバレーボールめいたカワイイAIが電子音声を響かせる。
もし柴犬を風船のようにふくらませたら、多分こうなるだろうという姿だ。
「今日もそこそこ稼いだか…」
手にしていた清掃用具をSKに放り込むと、
漆黒と金色の装甲を纏った異形は低い声で呟いた。
モチモチと宙を舞っていたカワイイAIが素早く彼に近づく。
「どうした、シバタロー」
『 更新 だワン! 』
カワイイAIが清掃庁ポータルサイトのトピック更新を告げる。
その中でもこの異形の装甲を纏った男が主に利用するのは、
特務清掃員専用のポータルサイトとデータバンクだ。
『B級特務清掃員 大型デブルス獣駆除 一件
陸上自衛隊稲城市多摩区境防衛線』
写真には派手な水柱と、青と黒の作業装甲を纏った人影が
電磁モップでデブルス獣を攻撃している様子が写っている。
特務清掃員が政府から携帯を義務づけられている
カワイイAIが撮影報告したものである。
「……」
『 更新 だワン! 』
先ほど彼が果たしたデブルス獣駆除の情報も、たった今ここに加わったのだが、
シバタローが空中に投影する画像を彼は興味なさげに手で払って消した。
眼下にはどこか夜行虫の群れめいた、不思議な生命感に満ちた夜景が広がる。
川崎港と京浜工業地帯だ。
だがおそらく、その景色は彼の目には入っていなかった。
(帰って来やがったのか……あの野郎)
その呟きが声になることはなく。
カワイイAIには舌打ちだと認識された。
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