🌍 最終章:はちみつ色の未来

第一話 「星の下のフェスティバル」

四月の空は、やわらかに霞んでいた。

桜はもう散りはじめ、町の空気には新緑と土のにおいが混ざりはじめている。

春の息吹とともに、日ノ杜町はかつてない“熱気”に包まれていた。


『第1回 はちみつフェスティバル in 日ノ杜』


駅前の案内板には、手描き風のポスターが並んでいる。

「はちみつビール試飲コーナー」「全国スイーツブース」「養蜂体験ワークショップ」「夜の星空シアター」

その一枚一枚に、町の人々の想いと手間が詰まっていた。


健一は、風鈴屋のカウンターから外を見つめていた。

まるで夢のような景色。

人の波。笑い声。カメラを構える観光客。

そして、ビールを片手に話す老夫婦、手をつないだ若いカップル。


「すごいな……ほんとに“町全体が動いてる”感じがする」


「夢じゃないよ」

さやかが、並べたばかりの“はちみつビール春セット”を整えながら笑う。


「観光バスが来たとき、風鈴屋が“観光案内所”になってるの、ちょっと感動したよね」


「まさかこのカウンターが、町の“玄関口”になるとはな」


修二が、涼しい顔でサーバーを操作しながら言う。

ビールはすでに全国のクラフト誌で話題になり、

その日のイベント限定で登場した《桜蜜ホワイトエール》には、早くも長蛇の列ができていた。


「そろそろ始まるぞ、“乾杯セレモニー”」


さやかの声で、三人は屋外ステージの前に出た。

杉山、長老、農家の村井さん、地元高校の葵たち、全国から招かれた養蜂家やクラフトビール職人たちが揃っていた。


セレモニーでは、地元の子どもたちが作った“ミツバチの紙帽子”をかぶって合唱。

「はちみつのうた」を歌い、観客が手拍子を重ねる。


「さあ、それでは皆さま、グラスをお持ちください!」


司会の声に合わせて、参加者たちが一斉にグラスを掲げる。

空には、まだかすかな春の夕焼け。

蜂蜜色の泡が、光を受けてきらきらと揺れた。


「町と、自然と、人とのつながりに、

そして、これからの未来に――乾杯!」


グラスが重なる音が、春の風の中に響いた。


夜。

町外れの原っぱでは、“星空シアター”が始まっていた。

小さなスクリーンと、寝転べる芝生のマット。

蜂蜜のキャンドルが灯るなかで、上映されたのは町の子どもたちが撮影・編集したドキュメンタリーだった。


『はちみつと、わたしたちの町』


——蜂を育てる人。

——花を育てる人。

——飲み物を作る人。

——飲みに来てくれる人。

——町に残る人、戻ってきた人、初めて来た人。


ナレーションの声は、まっすぐで、やさしかった。


健一は、芝に寝転がりながら空を見上げていた。

満天の星。

町の灯りは遠くなり、夜空の静けさが胸にしみる。


「……ここまで、来れたんだな」


横に寝転んでいたさやかが、ふと手を重ねてきた。


「うん。でもきっと、“ここから”だよ」


風が、草を撫でる音。

遠くで、ミツバチの羽音のような音が、どこかから聞こえた気がした。


——この町に吹いた風は、

——たしかに、はちみつ色をしていた。

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