第5話 名探偵とその助手

「で、どうするの? アリス」


 訊かれ、わたしはちらりと葵を見やる。葵の色素の薄い、月をおもわせるほどに美しい瞳がわたしをとらえる。


 ……どうするのっていうか。ここまで説明させておいてやらない、なんて言うわけにもいかないし。個人的にも透子ちゃんには去年、試験勉強の時なんかちょこちょこお世話になっていたから、彼女の頼みとあれば是非とも引き受けたい。そう、引き受けたいのだ。しかし……。


「ねえ、葵。今日だけ例外、ってわけには……」

「ダメ」

「せめて透子ちゃんのいないとこで……」

「ダメ」

「……デスヨネ。しってた」

「……?」


 ところで、わたしと葵には数多の呼び名がある。

 耳当たりの良いもので言えば、曰く『美少女ペア』。ちょっと首をひねるもので言えば『おねロリ』。誰がロリじゃこら! 誰が!

 こほん。


 そして――『名探偵とその助手』。


 これは数々の難解な事件や謎を解き明かしてきたわたしと葵に、いつしか付けられていた呼び名。


 実際呼び名に違わずわたしたちは『名探偵とその助手』のように、日々事件を解決してきている。その謎や事件の依頼を受ける際、引き受けるか否か、ほぼ必ずわたし――赤佐アリスに一任される。なぜか。


 なにもわたしが名探偵だから、というわけではない。どちらかといえば名探偵は葵の方。謎を解き明かし、事件を解決に導くのは決まって葵の役目なのだ。わたしは皆に呼ばれているところの助手にあたる。ではだったらなぜ、なおさらわたしに依頼を引き受ける決定権があるのか。


 それは毎回なぜかわたしが引き受けたい、謎を解いてやりたいと思う人物ばかりが依頼に来るためだ。今回の透子ちゃんだってそう。わたしが引き受けてやりたいと思う人物ばかり、わたしと葵のもとには舞い込んでくる。


 だからこそ、わたしも一緒に頼むのだ。名探偵様である姫野葵に。この依頼を受けてください。事件を解決してやってください、と。


 そういう意味では最終的な決定権は葵にある。しかしわたしの幼馴染であり親友でもある彼女は、基本的にわたしの頼みは断らない。だから葵は毎回、最初にわたしに問うてくる。「どうするの? アリス」と。


 そんなこんなで依頼人と一緒にわたしも葵に頼み込む、奇妙なシステムがいつの間にか構築されていたわけなのだが、葵だってなにも無条件ですべての依頼を引き受けるほどお人よしではない。むしろ性格は悪い。


 ――葵は決まって、わたしにある条件を提示する。


「……わかった。やればいいんだろ」

「ん」


 葵は質素に、しかし満足そうに相槌を打つ。

 彼女は色白で、且つ細く長いしなやかな指を五本だらりと下げてみせ、毛穴一つない綺麗な手の甲をわたしに向ける。


 ……どうやらここにしろということらしい。


「……? あ、あの」


 透子ちゃんの頭には疑問符が浮かんでいる。


「ああ、忘れてた透子ちゃん。その依頼、引き受けるよ。透子ちゃんにはなにかとお世話になってるし」

「へ? ああ、そ、それはどうも。大変助かりますが……」


 わたしは葵の手の甲に向き直り、葵の手をわたしの両手で包み込む。

 葵の手は冷たかったが、わたしは自分の頬が少しだけ、熱くなっているのを感じていた。


「ほら、はやく」

「……ぅぅ」


 この瞬間は、毎度のことながら恥ずかしい。いつになっても何回やっても慣れる気がしない。しかし仕方がない。これをやらなければ、葵は依頼を引き受けてはくれないからだ。


「……」


 ひとしきりジト目で葵を睨んだあと。わたしは顔をゆっくりと葵の手の甲に近づけていく。


 ドクドクと心臓がうるさい。けれど他の音はやけに遠く聞こえる。脳みそが溶けてしまったかのように意識がぽやぽやとし始め、世界にわたしと葵の二人だけが取り残される。


 徐々に徐々に、わたしと葵の手の甲との距離が狭まっていく。やがて、わたしと葵の境界線は曖昧になり、そして――


 わたしの唇が、葵の手の甲に触れた。


 ――一秒。

 ――二秒。

 ――三秒。


 これも、いつだったか葵が決めた規則。三秒間はキスし続けなければいけないという絶対のルール。


 ――『名探偵』姫野葵は、助手わたしのキスがなければ推理をしない。


「……っ」


 三秒を終え、わたしは葵の手の甲から離れる。


「……これでいいか?」


 ……なんだか少し、甘かったような気がする。


「……ん。おっけー」


 葵は顔をそむけながら、ぬけぬけと言った。

 これも毎度おなじみ。


 葵のやつ、もしかして笑ってんじゃないだろうな? 性格がひんまがってやがる。

 もしもタイムマシンがあったなら、わたしはすかさずそれに飛び乗って過去の葵を矯正しにいくというものなのに。


「さて、じゃあ天音さん。早速その件の部室へと行こうか」

「……あ、あわ、あわわわわ」

「天音さん?」

「透子ちゃん?」

「……や、ややや、やっぱり。お、おおおお、おふたりはその」


 透子ちゃんは赤面しながら手をあわあわとさせ、震える脚でわたしたちから距離を取る。


「……学校で、ひ、人前で、こ、こここんな、こんなこと……!? はっ。わ、私がいる今でさえこれなのだから、さ、先ほどは、い、いいい一体ナニを!?!?」

「違うからっ!? いやなにも違わないけどっ!! とにかく違うからぁ!! さっきも別になんもしてないしっ!! これは葵のお遊びみたいなものだからっ!! 性格の悪い葵の嫌がらせみたいなものだからっ!! ぜんっぜんそういうんじゃないからぁぁっ!」

「そ、そんなの!! 信じられるわけありませんっ!!!!」

「だよねっ!!!!」


 うすうすこうなる気がしてたけど!! だからちょっと渋ってたんだけど!!

 やっぱこうなるよね!?

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