第42話 彼のために、名声を手に入れます

 ダミアンは、今この店で起こっている事態を知るはずがない。そして、ちょうどアリスさんは影になって見えない場所にいる。


「うわっ、お前なんでここにいるんだよ!?

 ストーカーか!? 」


 私に手を回して硬直しているスタンに言う。


「エルザが正規の魔術師団員になるって聞いたからすっ飛んできたんだけど、何かあったのか? 」


「いや……何もないよ」


 スタンはそう言って、私に回している手を離す。……そう、今の今まで、スタンは私を抱きしめていたのだ。


 (スタニスラスと話しているだけじゃなく、抱きしめられているところまで見られてしまった。

 もし、キスしてるところも見られていたのなら……)


 先ほどのキスを思い出し、こんな時だというのに顔が真っ赤になる。

 

 こんな私をちらりと見、ダミアンはスタンに言う。


「スタン、安心しろ。

 俺はエルザを危険な目に合わせるつもりはないし、何が目的なのか聞きにきただけだ」


「分かったけど……」


 そう言ってスタンは、ちらりとアリスさんを見る。きっとスタンも、どう対処すればいいのか分からないのだ。

 だが、少しずつ冷静になってきた私には分かる。もう、こうなったら謝るしかないのだ。アリスさんが泣こうが怒ろうが、謝るしか道はない。



 私はスタンの騎士服のシャツをぎゅっと掴んだ。そして、ずかずかとしゃがみ込んでいるアリスさんに歩み寄る。アリスさんは真っ赤な顔を両手で押さえ、指の隙間から私とスタンを交互に見る。そんなアリスさんに、頭を下げていた。


「ずっと黙っていて、すみません!

 話すと長くなるのですが、私、彼とお付き合いしています!! 」


「……え!? 」


 アリスさんは目を丸くする。


「彼の本名はスタニスラスですが、友人からはスタンと呼ばれています」


「そうなんだ……」


 アリスさんは真っ赤な顔のまま、泣いているような笑っているような顔になる。


「それならそうと早く言ってくれないと、びっくりするじゃない!」


 (……え!? )


 私は、アリスさんの予想外の反応に戸惑いを隠せない。アリスさんから酷く罵られることを覚悟したのに、この対応だ。


「あの……アリスさんは、私を恨まないんですか? 」


 そう聞くと、次はアリスさんが驚いた顔をする。


「恨むも何も……二人のやり取りはいつも見てるから、仲良くていいなぁとしか思わないよ」


「そ……そうなんですか!? 」


 人気者のスタニスラスと恋人同士だ。そんなことが知れ渡れば、私は反感を買うと思っていた。だが、現実は予想と少し違うようだ。


「逆に、私のほうこそごめんね」


 アリスさんは申し訳無さそうに言う。


「スタンさんがスタニスラスだと知っていたら、あんな言い方しなかったのに。

 エルザが誰にも言えずに悩んでいたと知ったなら、もっとエルザに寄り添ってあげられたのに……」


 呆気に取られる私の横で、耐えきれなくなったスタンが聞く。


「……なんて言ったんですか? 」


 するとアリスさんは顔を両手で隠し、弱々しく告げた。


「貴族と平民の恋は厳しい。

 エルザが正規の魔術師団員になって功績を上げれば、エルザも爵位をもらえるかもしれないって……」


「なーんだ、そんなことだろうと思った」


 いつの間にか隣にダミアンがいて、アリスさんの言葉を鼻で笑う。そして、そのまま彼はさらっと告げた。


「爵位なんかよりも、エルザがリヴィエール家出身って事実のほうが、十分に説得力があるんだけどな」


「えええええぇぇッ!?

 あの伝説の、リヴィエール家ッ!? 」


 アリスさんは今度こそ大声を出し、ひっくり返ってしまった。そんなアリスさんに、ごめんなさいと謝ることしか出来ない。そして、リヴィエール家の名の威力は、私の想像よりもずっと大きいことを思い知る。何しろ、スタニスラスを見てもひっくり返らなかったアリスさんが、失神してしまうのだから。


「まぁ、これを機に、しばらくはエルザに魔術師団に入ってもらうぞ。

 そして、茶虫ことリヴィエール兄妹の噂を世に知らしめる。

 リヴィエール兄妹が軍についていれば革命軍も諦めるだろうし……スタンとの結婚にも文句は言われないだろうし、な」


 こうして私は、しばらく魔術師団員として勤務することになった。





 その日の午後……

 

 私は正規の魔術師団入団手続きを済ませ、スタンと一緒にアリスさんに挨拶に伺った。勤務中のスタンはブルーグレーの騎士服を着て、銀色の髪を輝かせている。その隣に並ぶのは、ダークレッドの魔術師団のローブを着た私だ。


「アリスさん、今までありがとうございました!」


 深々と頭を下げる私を、


「エルザ、頑張ってね」


笑顔で送り出してくれるアリスさん。その裏のない笑顔にホッとする。


「魔術師団での修行が終わったら、また店に戻ってきます!」


 私の言葉に、アリスさんは嬉しそうに頷いた。


「二人ともお幸せに。また店にも遊びに来てね!」


「もちろん!! 」



 こうして私たちは店を出た。手を繋いで、身を寄せ合って。


 人々は、スタニスラスが女性と歩いているのを見て……しかも、幸せそうに目を細めて笑っているのを見て……信じられない思いだった。

 絶対零度の青狼スタニスラスがあんな顔をするなんて、想像すらしていなかった。


 だが、幸せそうな彼を見ると、それでいいと思ってしまうようだ。


 稀に、私を見下す人もいる。彼女たちは決まってスタンに聞く。


「その女の人、誰ですか? 」


 すると、スタンは急に真顔になり、ただ私の名を告げる。


「エルザ・リヴィエール」


 その瞬間、アリスさんと同じように、多くの人が気を失うのであった。


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