第四章
第40話 推しの結婚発表について考える
革命軍との一件が落ち着き、私たちにはまた平和な毎日が訪れた。
「おはようございまぁーす!! 」
朝、非番のスタンがカフェにやってくる。いつもの茶色い髪に、清潔なシャツ姿だ。すっかり店に馴染んでしまったスタンは、ここ最近頻繁に店にやってくるようになっていた。
「スタンさん、今日もエルザに会いに来たの? 」
そう聞くアリスさんに、スタンは元気に頷く。
「エルザに会えないと寂しくて寂しくって。
昨日も仕事しながら、涙がちょちょぎれそうになったよぉ」
スタンはそう言い、試作のケーキを食べている。ケーキは四色準備され、好きな味を選べるようになっている。その名も『推しケーキ』。
「僕はやっぱり茶虫のチョコ味がいいかなぁー。
上に乗っている茶虫マークのチョコプレートも、美味しすぎる!! 」
「お口に合って何よりだよ」
スタンが美味しそうに頬張るのを見て、私まで嬉しくなるのだった。
アリスさんはそんな私とスタンを温かい目で見、その後四種の推しケーキに目を移しながら呟いた。
「スタニスラスやダミアンもいいけど、持つべき者は恋人だよね」
「うんうん、そうですそうです!」
スタンは全く動じず笑顔だ。最近、スルースキルも確実に上がってきている。
だが、スタンは急に真顔になって私に聞いたのだ。
「その話なんだけどさ。
もうそろそろいい加減に、エルザと交際していることを公表してもいい? 」
その瞬間、
「駄目!! 」
私は答えていた。
スタンから何度も提案を受けていることだ。いずれ公表しなければならないことも知っている。だが、どうしても周りの目が怖いのだ。
(たいしたことないとか、つけ上がってるとか言われるのが関の山だわ……)
「スタン、匂わせは良くないよ!」
慌てて告げる私を、怪訝な目で見るスタン。
「だから、匂わせじゃなくって、公表だよ」
「アイドルは結婚発表で初めて、結婚したことを公表するんだよ?
相手が一般人の場合、そっとしておかなきゃ!」
「意味分かんないよ……」
こうして、結局話し合いは平行線を辿るのだ。
スタンが公表したいのも分かるが、今の生活が崩れることに不安を隠せない私。一体いつになれば公表出来るのだろうか。
(いや、このままじゃ、一生公表出来ないかもしれない……)
「エルザ。もう、結婚も決まったんだしさぁ!
僕たちも結婚に向けて動き出さないと!! 」
スタンはそう言い残し、勤務の時間だといそいそと去って行った。
(そうだよね……
結婚かぁ……スタンと結婚しても、堂々と二人で外を歩けないよね)
そこはもう諦めるしかないと思っている。アイドルと恋愛や結婚することは、予想以上に大変だ。
スタンが去ると、再び店内は静寂に包まれた。その静寂の中、アリスさんが心配そうに私に声をかける。
「エルザ。スタンさん、可哀想じゃない? 」
「分かります。でも……」
彼がスタニスラスだと言うと、アリスさんはどんな反応をするだろうか。きっとひっくり返り、私を嫌い始めるかもしれない。そんな妄想ばかりが頭を過ぎる。
スタンがスタニスラスだとは到底言えない。だから私は、言い方を変えて聞いてみた。
「スタンは……それなりに地位がある人で、私には釣り合わないと不安になっているんです」
すると、アリスさんは顎に手を置いて頷く。
「確かに、彼は騎士だもんね。騎士には爵位持ちも多いわ。
貴族と平民じゃ、幸せになれないって言うしね」
その言葉に愕然とする。
聞いたことはないが、きっとスタンは貴族だ。騎士団長が平民のはずがないし、スタンは普段からどこか品があるし……
「平民が貴族と結婚すれば、陰口も妬みも酷いって言うわ。
おまけに、貴族は相手が平民じゃ物足りないだろうし」
「ですよね……」
相手が大人気のスタニスラスとなったら、なおさらだ。たとえ相手が貴族であれ、陰口は言われ続けるだろう。
一般的に考えて、私なんかよりもスタンに合う女性はたくさんいる。だが、だからといって諦められないのも事実だった。
「平民が爵位を手に入れるには、それなりの功績を残さなきゃね。
万が一エルザが正規の魔術師団員になって大手柄を立てたら、爵位くらい手に入るんだろうけど……」
アリスさんの言葉に、
「それです!! 」
私は大声を出していた。だが、心残りもある。
「でも、カフェの仕事も楽しいし、このままカフェを放置するわけにもいきません」
魔術師団に入るので、急遽退職します!なんてことは、元バリキャリOLからすれば言語道断だ。社会人として常識知らずとも言えるだろう。
だが、アリスさんは笑顔で言う。
「元はと言えば、一人で開いていたカフェなんだから。
可愛い従業員を笑顔で送り出せないなんて、ありえないわ」
その言葉に救われたのも事実だった。
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