第10話 推しに恋してしまったという悪夢
スタンはぐるっと辺りを見回す。そして、やはり落ち着いた声で騎士たちに命じた。
「そいつらを捕え、牢屋に入れておけ」
「はっ!! 」
「エルザを苦しめた罰として、私が直々に尋問する」
「はっ!! 」
「それと……」
スタンはぐるっと辺りを見回した。そしてその焦げ茶の瞳は、フェンスに刺してある光る青狼うちわを捉える。
「あのピカピカ、消しておけ」
「はっ!!」
そんなスタンの様子を、私はぽかーんと見ていた。
(スタン、キャラが違うんだけど。
いつものヘタレではなく、騎士なんだけど!! )
だが、私はスタンの話を思い出していた。スタンは勤務中、師匠の教えを守り騎士らしくしているとのこと。今のスタンは、きっと勤務モードなのだ。
(こういうギャップがいいのよね)
のんきな私に、
「立てる? 」
そっと傷ついていない手を差し出すスタン。まるで王子様の手を取るように、その手を握った時……
「スタニスラス団長!! 」
私の推しを呼ぶ声がした。
「スタニスラス!? 」
思わず振り返るが、スタニスラスの姿はどこにもない。ただ、きりっとした表情でこちらを見る騎士たちがいるだけだ。
「スタニスラス団長!! 」
もう一度騎士は推しの名を呼ぶ。私のほう……いや、私の隣に立っている彼を見て、だ。
(……え!? )
思わずスタンを見上げている。スタンは泣きそうな顔で、その名を呼んだ騎士を睨んでいた。
「団長、もうすぐロラン様が到着されます!! 」
「あぁ……もうやだ……」
彼は震える声でそう言い、顔を覆った。
◆◆◆◆◆
スタンは、絶対零度の青狼、スタニスラス騎士団長だ。
衝撃が大きすぎて、どうやって帰ったのか覚えてもいない。黄虎ロランが現れ、私と俯いているスタンを治療してくれた。傷がすーっと消えていくことに、感動する余裕すらなかった。
スタンは始終無言で、ロランも何かを察したように何も話さなかった。そして、神官の空間転移魔法が発動し、私はカフェへと運ばれたのだ。
私が消える瞬間、スタンは私を見て、私の名を呼んだ気がした。だが、もう二度と会うことは出来ない。……会えるはずがないのだ。
(有名人が変装することなんて、よくあることだよね。
私はなぜ見破れなかったのだろう)
だが、彼がスタニスラスだと気付いた私はどうしただろう。きっと、急に彼を避け始めるに違いない。スタンはそれを知っていたから、何も言い出せなかったのだ。
思い返せば、スタンを追い詰めたのは私だ。私はスタンに、スタニスラスのことを話しすぎた。私はスタニスラスに理想を求め、彼はそれに苦しんでいたのだ。
時折彼が見せた不安そうな表情。それが脳裏をよぎる。
いつの間にか、スタンのことばかり考えていることに気付いた。『スタニスラス』ではなく、『スタン』のことばかり……ーー
「エルザ!」
ぼーっとしている私を、アリスさんが呼ぶ。それではっと我に返った。私としたことが、落ち込んでアリスさんに心配をかけてしまった。
「すみません、ぼーっとしてて!」
無理に笑顔を作る私に、心配そうにアリスさんは言う。
「何があったんでしょう?
私で良かったら、話聞くよ」
(駄目だ駄目だ。推しと繋がってしまっただなんて、言えるはずもない)
私は邪念を振り払うごとく、ぶんぶん首を振った。そして、笑顔で言う。
「大丈夫です。今は考えたくもないんです。
だから、働かせてください!」
そうして私は必死に働いた。少しでも休むと、スタンのことを思い出してしまいそうだったからだ。倒れるまで働き続け、家に帰ったらバタンと倒れて眠る。
お兄は私のただならぬ様子に、訳を聞きたくて仕方がなさそうだったが……無視をした。
こうやって数日が過ぎ、スタンがカフェに来ることも無くなった。
(こうして、私はただのファンになっていくんだ)
思えば、推しと繋がるなんて、私はファンとして禁忌を犯していたのだ。誰よりもファンとして正しい行いをしようと思っていたのに、誰よりも許されないことをしてしまった。
でも……
「スタンに会いたい」
動き出してしまった恋心は、簡単には落ち着かない。私は愚かにも、推しに本気で恋をしてしまったのだ。
だが、アイドルに恋をしてしまったのも運の尽き。それを誰にも相談出来ないし、私が出来ることといったら……
「お買い上げ、ありがとうございます!
絶対零度の青狼、スタニスラス様のうちわですね!」
こうして、陰ながら彼を応援することだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます