カルテNO.05 野島 (13/14)

 79階層のボスともなると、私たちが総力戦そうりょくせんで当たっても一筋縄ひとすじなわではいかなかった。魔導士まどうしの繰り出す全体攻撃になやまされながら、チームプレーでなんとかHPをけずっていく。


「ゴリラ!」


「おうよ!」


 高橋さんと中村さんの連係プレーには、もはや言葉は必要なかった。あうんの呼吸でタイミングを合わせて、高橋さんのとどめの一撃をヒットさせるためのすきを中村さんが作る。


「ゴルペ・デシスィーヴォ!」


 中村さんが魔導士に吹き飛ばされたちょうどその時、高橋さんの技が命中し、ついに私たちは魔導士に勝利した。


 ◇◆◇◆◇◆


「ダンジョン抑うつ状態になった時、僕は『勇者である自分がなんとかしなくては』という考えにしばられていました」


 80階層に向けて歩きながら、高橋さんが話しかけてきた。


「仲間を守らなくてはいけないとか、自分がパーティーを引っ張っていかなければいけないとか……」


 私はだまってうなずく。


「でも、勇者だって仲間をたよっていいんですよね」


 チラリと中村さんのほうを見て言った。


「信頼できる仲間と潜るのも悪くないですね」


 れた笑いを浮かべる高橋さんに、「それ、中村さんに言ってあげたらどうですか」とうながす。


「いや…… やめておきますよ。あいつ、調子に乗りそうだから」


 苦笑いする高橋さんに、「確かに」と言って私も笑った。


 ◇◆◇◆◇◆


「じゃあ、出しますよ」


 80階層にたどり着き、私は円陣えんじんの真ん中にダンジョンハーブの保管バッグを置いた。


「なんだか緊張するなあ」


 中村さんがそわそわしながら言う。


 保管バッグのロックを解除すると、『プシュ』と小さな音を立てた。私は恐る恐るふたを持ち上げると、バッグの中から男性化ハーブを取り出した。


「…… なんか、普通っぽいですね」


 前田さんが言うとおり、外見はよくある回復系のダンジョンハーブに似ていた。


「それでは、野島さん」


 皆が見守る中、野島さんは神妙しんみょうな顔で「はい」と言ってハーブを受け取ると、一息ひといきに飲み込んだ。


「…… どうだ? 効いたか?」


 中村さんが聞くと、野島さんは「いや…… どうでしょう」と首をひねった。


「女性化ハーブを飲んだ時も、体に変化が生じるまで数日かかったようですし、効果が現れるまで少し時間が必要なのかもしれませんね」


 私が言うと、皆がうなずく。


「では先生、約束通り、私が女性化ハーブを飲んだ時のいきさつを詳しくお話ししましょう」


「え? でも、まだ男性の体に戻れるかどうかわからない状態ですよ?」


「いいんです。ここまでしていただけたら十分ですから」


 野島さんは微笑ほほえみを浮かべて「先生は樹界深奥じゅかいしんおうの平行ダンジョンについて聞いたことはありますか」と言った。


「平行ダンジョン…… うわさに聞いたことはあります。樹界深奥とはことなる次元に存在するダンジョンがあると」


「はい。私はそこで女性化ハーブを飲んだんです」


 私もふくめ、全員が「ええ?」と聞き返した。


「僕は樹界深奥の最下層まで行きましたけど、平行ダンジョンの入り口なんてどこにもありませんでしたよ?」


 高橋さんが不思議そうに言う。


「ええ、平行ダンジョンの入り口は、普通は見つけられません。私が見つけられたのも偶然の出来事でしたから」


 私は黙ってうなずき、先を促した。


「あの時、私たちのパーティーはモンスターとの戦闘中に、魔法弾まほうだんの流れだまで壁に穴をあけてしまったんです。てっきり同じ階層のとなりの通路との間の壁を破ったと思ったら、どうも様子がおかしい。未知のダンジョンに対する好奇心から、私たちはその穴をくぐりました」


「え? ちょっと待ってください。それは……」


 高橋さんが話をさえぎると、野島さんは「そう、ダンジョン条例違反行為じょうれいいはんこういです」と言った。


 ダンジョン条例こと『樹界深奥保護条例じゅかいしんおうほごじょうれい』は、樹界深奥の調査や攻略をする際のルールを取り決めたものであり、その中で『ダンジョンの地形を変えるような破壊行為』を禁止している。


「こうして皆さんにお話しするからには、ばつを受ける覚悟かくごはできています。もしかしたら、私が女性化してしまったのも条例違反に対する天罰てんばつなのかもしれませんね」


 自虐的じぎゃくてきな笑みを浮かべる野島さんに「その穴はどうしたんですか?」とたずねた。


「命からがらこちら側に戻った後、すぐに埋めました。異次元に存在する平行ダンジョンではいきなり強敵が現れたりと、こちら側の常識が通用しませんでしたから」


 偶然開いてしまった通路を抜けて、異次元のダンジョンからモンスターが入り込んできたら樹界深奥の生態系せいたいけいが破壊される恐れもある。穴をふさぐのは当然の判断だろう。


「その穴があいたのは……」


 どこですか、と聞こうとすると、青木さんが「23階層ですよね」と言った。


「え? ええ、23階層でした。どうして……」


 野島さんが不思議そうに言う。


「最近壁を埋めたあとがありましたから」


 前田さんがモグラ型モンスターを火だるまにした時、青木さんが壁を調べていたのを思い出す。この人は本当にいろいろなものをよく見ているなぁと感心した。


 23階層と聞いて、私も何か引っかかるものがあった。しばらく前に潜った時、二首ドラゴンツインヘッドがいたのも23階層ではなかったか。もしかしたら、平行ダンジョンからまぎれ込んだのかもしれない。


「で? どうします、先生。23階層でまた穴をあけますか?」


 青木さんがニヤリと笑って言う。


「そうですね……」


 私が考えていると、中村さんが「なんだかよく分からねえけど、壁の向こう側に先生の欲しいものがあるんならどこでも穴をあけるぜ」とにぎりこぶしを作った。この人なら素手すでで壁に穴をあけかねない。


「いいえ、中村さん、壁を壊す必要はないですよ」


 苦笑いして「私の欲しいものは気長に探すことにします」と言った。

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