カルテNO.02 中村 (5/5)

「田中さん、ありがとうございました。モンローちゃん大活躍でした」


「いえいえ、うちのモンローがエリカさんのお役に立てたなら、私もうれしいですよ」


 クリニックの休診日、私はモンローちゃんを田中さんに返しに来ていた。


「それにしても、どうして急にオオトカゲが必要になったんですか?」


 田中さんが、足元にうずくまるモンローちゃんを見ながら不思議そうに言った。


「PTSDの治療に、不可欠ふかけつだったんです」


 私が大真面目おおまじめに言うと、張りぼての翼を取ってもらってすっきりした顔のモンローちゃんが、あくびをした。


「先日マスカレードにお邪魔じゃましたとき、リエさんにエリカさんから連絡があったことをお話ししたら、是非ぜひまた会いたいと言っていましたよ」


 リエさんは頼りになる先輩で、私がマスカレードに入った時、とてもお世話になった人である。もちろん私もリエさんに会いたいのだけれど……


「そうですか。リエさんは変わりありませんでしたか?」


「ええ。相変わらずお元気そうでした。ただ……」


 田中さんは表情をくもらせ、「もしかしたら、エリカさんはいまだになのはさんのことを気に病んでいるのではないかと、心配していました」と言った。


 私は『なのは』という名前を聞いて、心臓を冷たい手でつかまれたように感じた。


「そんなことは…… こんどお店に行かれた時に、私は精神科医の仕事と研究で忙しくしているとリエさんやメルママに伝えていただけますか」


 田中さんは、まだほかにも聞きたいことがある様子だったけれど、「わかりました」とだけ言った。そういえば、あの頃からとてもやさしい人だったっけ。


 改めてお礼を言って、田中さんと別れたあと、私はなのはちゃんと一緒に働いていた頃のことを思い出しながら家路いえじについた。


「あれから十年くらい経ってるのね……」


 医大の学費を稼ぐために、ショーパブ『マスカレード』で働きながら勉強していた私が精神科医を志すことになったのは、なのはちゃんのことがあったからだった。


「あの頃の私にはどうしようもなかったけど、今の私なら…… どうかな」


 私は苦い思いで自問自答した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る